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3月29日(木)、知念実希人さんによる連作短編集『祈りのカルテ』が発売されました。
現役の医師でもある知念さんは、『仮面病棟』や『天久鷹央の推理カルテ』シリーズなど、その知見を生かした医療ミステリで人気の作家。本作でも、患者の声を聴きその心の謎を解き明かす、若き研修医の活躍と成長が描かれています。
そんな知念さんが、子どもの頃から好きだったのが「夜の読書」。夜という時間ならではの、本の選び方もあるようです。今回の「読書日記」ではご自身の読書遍歴とともに、夜読書の魅力を綴っていただきました。
諏訪野良太は、純正医科大学病院の研修医。ある夜、睡眠薬を大量にのんだ女性が救急搬送されてきた。その腕には、別れた夫の名前が火傷で刻まれていた。聴けば、夫と関係が悪化し、睡眠薬の過剰摂取を繰り返しているという。しかし良太は、女性の態度に違和感を覚える。彼女はなぜ、毎月5日に退院できるよう入院するのか……(「彼女が瞳を閉じる理由」)。『仮面病棟』著者が贈る、こころ震える連作医療ミステリ!
夜には不思議な魅力がある。寝室に籠もり、スタンドライトの光を頼りに本を開き、活字の海に沈んでいくことが、子供の頃からなによりの幸せだった。
夜の読書を最大限に堪能するためには、物語のセレクトも重要である。爽やかで感動するストーリー、そのような物語は個人的には太陽が出ている時間に楽しみたい。暗闇の中にうっすらと光を灯して楽しむなら、いくらかダークなテイストを含んだものがいい。
いつ頃からそうやって深夜の読書を楽しみだしたのか自分でもはっきりとは覚えていないが、一番古い記憶で、時間を忘れるほど物語にはまり込んだ作品は『バスカヴィル家の犬』だった。暗闇の中に蠢く巨大な獣、それに立ち向かうは世界一有名な探偵。まるで自分がワトソンになってシャーロック・ホームズとともに漆黒の森を彷徨っているかのような気持ちになり、必死にページをめくっていた。
そうやってコナン・ドイル、モーリス・ルブラン、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーンなど、過去の海外ミステリを読みあさったのち、中学生になってようやく日本の作品を読みはじめた自分は、まさに夜の読書にふさわしい小説家に巡りあった。その人こそ、自分が受賞した福山ミステリー文学新人賞の選者(だからって持ち上げているわけではありませんので、あしからず)でもある島田荘司先生だった。
『占星術殺人事件』では冒頭のおどろおどろしい手記から物語に吸い込まれ、ミステリ史上最高クラスの衝撃の真相に頭が真っ白になった。また、『暗闇坂の人喰いの木』では、大樹に隠されたおぞましい謎に背筋が震えた。
いままで挙げた作品を見れば分かるように、夜の読書には「恐怖」がスパイスになる。しかし、高校生のときに読んだ『リング』(鈴木光司著)はその隠し味がききすぎて、読み終わって後悔すらした。ラストで明かされる呪いのビデオテープの真実。まさか活字であそこまでの恐怖を味わうことになろうとは想像だにしなかった。深夜に読み終わった後、あまりの恐ろしさにトイレに行けなくなったのは、後にも先にもこの作品だけだ。
さて、これまでミステリ、サスペンス、ホラーなどをリストアップしたが、それらとは全く違う夜の世界に誘ってくれた作品がある。『夜は短し歩けよ乙女』だ。森見登美彦先生の軽妙な文体で綴られる、愛らしい少女の奇想天外な冒険劇。読み進めていくうち、主人公の少女とともに万華鏡のように煌めく京都の夜を散歩しているような心地になった。
もともと自分は夜型人間で、よく日付が変わる時間までだらだらと、近所のファミレスで執筆をしていた。しかし、最近は効率を考えて早起きし、午前から夕方までを執筆時間に充てるようにしている。そのため、深夜の読書をする機会は減っている。しかし、まれにある休みの前日にはよく、近所の書店内を徘徊し、夜に読む本を見繕う。その際には、子供時代と遜色ない高揚感をおぼえ胸が躍るのだ。
やはり夜には不思議な魅力がある。特に休日前の夜には。
知念実希人 Mikito Chinen
1978年、沖縄県生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。2011年、第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。翌年受賞作を改題した『誰がための刃 レゾンデートル』でデビュー。現役医師の知見を生かした医療ミステリで人気を集める。著書に『天久鷹央の推理カルテ』シリーズ、『白銀の逃亡者』『仮面病棟』『崩れる脳を抱きしめて』など多数。