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秘密に束縛され、男性が苦手なまま大人になった洋服補修士の女。要領よく演技するのが得意だけど、好きな事から逃げてばかりいるフリーターの男。洋服を愛している。それだけがふたりの共通点のはずだった――。
2月27日(火)、千早茜さんによる小説『クローゼット』が発売されました。
『クローゼット』は、服飾美術館を舞台にした、服と仕事を愛する人たちの物語。千早さんは美術館のモデルとなった京都服飾文化研究財団(KCI)(http://www.kci.or.jp/)で、補修士や学芸員の人たちに取材を重ね、この物語を書き上げたそうです。
本作に限らず、新しい小説を書くときには取材に力を注ぐという千早さん。そんな取材の過程で出会った本について、読書日記を寄せていただきました。
2月は取材や講演など、外での仕事が多い月でした。移動中に読むのは、もっぱらノンフィクション。小説は家で読むことが多いです。外で物語を読むと降りる駅を乗り過ごしてしまったり、時間を忘れて飲食店の迷惑になってしまったりするから。
ここ最近の取材というのは、受ける側ではなく、する側が主でした。新しい連載のための準備をしている時期なのです。取材はけっこうします。舞台となる土地へ足を運ぶこともあれば、人に話を伺うこともあります。『西洋菓子店プティ・フール』という下町の洋菓子店を舞台にした小説を書いた時は、パティシエ、ネイリスト、弁護士とそれぞれ2人ないし3人に仕事について取材しました。
新刊の『クローゼット』もKCI(京都服飾文化研究財団)という服の美術館に取材させてもらって書きあげました。学芸員や補修士の話を聞き、館内を案内してもらい、作業を見学して、家に帰ったら取材ノートをまとめ、資料を読む。そうしているうちに物語が浮かんできます。
ファッション展の図録、テキスタイルや服飾史の本を読むことが多かったのですが、何度も眺めたのは『SAPEURS』という写真集。コンゴのサプールと呼ばれる紳士たちを撮ったものです。華麗なスーツに身を包み、エレガントな振舞いを重んじる彼らは、決して裕福ではありません。戦乱や貧困で荒廃した国の中で、平和を愛し、お洒落に命をかけています。
サプールにはいくつかの決まりがありますが、そのひとつは「暴力をふるわないこと」。彼らは装うことで、自分たちの世界を変えようとしています。なんて優雅で粋な戦い方だろうと惚れ惚れとしました。『クローゼット』の主人公たちも、服を愛し、人生と戦っています。この写真集から理想を貫く強さと美しさをもらいました。
取材は出会いです。自分とは違う価値観で生き、仕事をしている人と話すと、くるりと世界がひっくり返る瞬間があります。未知の分野の人の話を聞きに行く時は、小川洋子さんの『科学の扉をノックする』を読み返します。小川洋子さんが様々な分野の科学者たちに話を聞いて書いたエッセイ集です。
宇宙、鉱物、粘菌、骨格、筋肉、遺伝子……私たちのすぐ隣や体の中に神秘の世界が広がっていることに驚かされます。小川洋子さんは科学者たちの語る知らない世界に耳を傾け、感覚を研ぎ澄まします。聞く、知る、学ぶ、感動する、というまっしろな姿勢に背筋が伸びる一冊です。
最近は『科学の扉をノックする』にも登場されていた遠藤秀紀さんの本を読んでいます。つい昨日、読み終えたのは『パンダの死体はよみがえる』。不穏な題名ですがゾンビの話ではありません。遠藤秀樹さんは「遺体科学」というものを提唱されている方で、生き物の死体を解剖し、研究をして、保存するという仕事をしています。5トンの象の死体と格闘する面白い冒頭から一気にのめり込んでしまいました。
たくさんの発見をされている方ですが、どんな生き物の「遺体」も分け隔てなく保存し、後世の学問のために遺そうという信念に打たれます。KCIの学芸員の方も同じことをおっしゃっていました。私たちの現在は、過去の、未来を信じる人々の努力の上にあるのだと感じます。
先日、調香師の方を取材しました。ずっと好きだった『調香師の手帖』を書いた中村祥二さんのお弟子さんだということが偶然にわかり、とても昂奮しました。香りへのあくなき探求心に満ちた本です。お弟子さんからの印象も聞け、得がたい時間でした。
次はどんな物語の扉が開くのか、まだあちこちノックしている状態ですが、自分のことなのに楽しみでなりません。まずは、『クローゼット』の扉を開けてくださることを願っています。
美しいレースの表紙を描いてくださったのは石井理恵さん。中にも薄い銀のレース紙、小さなコルセットやハンガーも隠れています。 pic.twitter.com/iUz57Yq8Lw
— 千早茜 (@chihacenti) 2018年2月25日
千早 茜 Akane Chihaya
1979年、北海道生まれ。立命館大学卒業。幼少期をザンビアで過ごす。2008年、第21回小説すばる新人賞を受賞した『魚神(いおがみ)』でデビュー。2009年、同作にて第37回泉鏡花文学賞を、2013年には『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞を受賞した。他の著書に『人形たちの白昼夢』『ガーデン』『夜に啼く鳥は』『西洋菓子店プティ・フール』『男ともだち』などがある。
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