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2018年3⽉9⽇(金)から開催される平昌パラリンピック。開催に先駆けて発売された浅生鴨さんの『伴走者』は、視覚障害者のパートナーとして、パラスポーツの世界で選手とともに戦う人々を描いたスポーツ小説です。
NHK在籍時にパラリンピックのCMを作る中で、“伴走者”という存在を知ったという浅生さん。インタビュー後編では、「障害者にも躊躇しない」という取材中のエピソードや、テレビマンならではの独特な創作スタイルなど、浅生さんの人柄がにじみ出るお話をお届けします。
「速いが勝てない」と言われ続けた淡島は伴走者として、勝利に貪欲で傲慢な視覚障害者ランナーの内田と組むことに。パラリンピック出場を賭け、南国のマラソン大会で金メダルを狙う二人のレースに、次々に試練が襲いかかり……!?(夏・マラソン編)
優秀な営業マンだった涼介は、会社の方針で視覚障害者スキーの伴走者をするよう命じられる。1位にこだわり続け、ピーク時に選手を引退していた涼介だったが、全盲の天才スキーヤーの女子高生・晴と出会うことで、少しずつ変わっていく。(冬・スキー編)〈講談社BOOK倶楽部『伴走者』より〉
―― 作中では、競技中の描写や視覚障害者の方のエピソードがとてもリアルに描かれていますが、取材はどのようにされたのですか?
視覚障害者の方と一緒にスキーを滑るなど、できることは全部やっています。マラソンそのものではないですが、昔長距離を走っていたこともあるので、マラソンの感覚もなんとなくわかる。競技については、その感覚を頼りに書いています。
テレビCMを作るために取材した時は、あくまで「映像として“滑る”ことをどう見せるか」に重きを置いていたので、小説を書くにあたって、選⼿や伴⾛者への取材もやり直しました。彼らの内面について深く知るために、ずいぶんいろんな人に会って話を聞いています。
―― 障害についてはデリケートなお話になるかと思うのですが、取材する上で難しさはなかったですか?
僕はそういうところであまり躊躇しないので、普通に聞きますね。友だちに聞くようなことなら、障害者でも健常者でも同じように踏み込んでいきます。もちろんある程度親しくなってからですけれど。
CMを作ったときにも感じたのですが、僕は選手と普通に話せるんだけど、一緒に行った制作スタッフは必要以上に気を遣っているんです。内容をチェックするにしても、選手本人でなく僕に対して「ここはこういうふうにしてもいいでしょうか」と聞いてくる。そんな彼らを見ていて、「健常者は“障害”に対して、こういうところで戸惑っているんだな」と思っていました。
―― 本作でもそうした戸惑いは描かれていますね。伴走者たちがパートナーと人間関係を築いていくうちに、障害を持った方ともこんなふうに向き合えればいいなと思いました。
原稿の段階で、障害を持った人にも平気で接する人物を書いていたら、担当編集者から「なんでそんなに自然に振る舞えるのかがわからない」と言われたんです。そこで「ああそうか、普通はここでためらうんだな」と気付いて。
伴走者たちが最初に感じる戸惑いと、やがて障害の有無は関係なくなっていく様子を対比させて描いています。それによって、読み手にも登場人物と同じような心の変化を感じてもらえるのかもしれませんね。
とはいえ、取材する中では視覚障害者の日常生活についてなど「そんなことを気にしてるのか」とびっくりしたり、「なるほど」と思うことがいっぱいありました。
――「冬編」で、新聞社の取材を受けることになった全盲スキーヤーの晴が、自分が可愛いかどうかは「大会よりも大問題」というところなども、女子高生らしくて微笑ましいですよね。
そこは重要みたいですね。服やお化粧にも気を遣うし、自分では見えないからこそ「人からちゃんと見られたい」という意識が強い。
「できないことだけ助けてほしい」「晴眼者と同じような日常生活を送りたい」という彼らの気持ちは、作中でも描きました。実際、部屋が真っ暗なまま作業をして、寝る時に(照明がついていないのに)スイッチを押して寝てしまうことがあるんだそうです。「そもそも電気はついていなくてもいいんだよね?」と聞くと、「それでもみんなと同じようにしたいんだよ」と言われました。そういうやりとりで初めて、もう一歩深い気持ちに気付けたなと思います。
―― 晴が、伴走者である涼介に言う「見えない目の代わりをしてほしいだけ」というスタンスも印象に残りました。
これは、僕が一緒にスキーをした視覚障害者の人たちに言われた言葉です。女性の方が重い荷物を持っていたので「手伝いますよ」と言ったら、「荷物は持てますから!」と怒られて。でもそれは見える、見えないに関係なく、「僕のほうが圧倒的に力があるから持ちます」ということだったんですけれど、そうした中で彼らのスタンスがわかってきた。
スキーを教えている伴走者だと、荷物は視覚障害者に持たせますからね。もちろん誘導はしますけれど、「先生のほうが偉いから、先生の荷物を生徒が持つのは当然だ」と言って。「これくらいの姿勢で接することができるといいな」と思いながら見ていました。一番いいのはどうしてほしいか聞くことなんですよね。
―― 本作でもそうしたやりとりを続けていくうちに、伴走者たちが「ガイドする」「ガイドされる」ではない人間関係に気付いていきます。
最終的には、「障害のあるなしは関係ない」という話なので。たぶんそれは作中に出てくる人物たちが、「最後は勝ち負けにこだわらなかった」ということが大きいと思っています。最初は勝ち負けという結果の話からスタートするのですが、やがて結果はあくまでもついてくるもので、その間の2人のことが大事なんだというところに落ち着いていく。そういうことを登場人物たちが見せてくれたような気がします。
人と人が接すると、作用反作用の法則で片方だけがもう一方に影響を与えることは絶対になくて、必ずその逆も起きている。人と人とが出会うというのはそういうことですよね。
――(前編で)小説を書くときは「目の前にそのキャラクターがいて、動いてしゃべっているのをメモっているだけ」というお話がありましたが、今回のように長編を書かれる場合はどのように物語を組み立てるのですか?
まずどういう世界にどんな人がいて、どういった会話をするかということを考えます。『伴走者』は2年くらい考えていたのかな。これを言うと「大丈夫かな」と心配されるかもしれないですが(笑)、ある時だんだんその輪郭がはっきりしてきて、登場人物たちが会話をしたり、お互いに反応したりし始める。そうしたらその内容や動作をそのまま書き留めていきます。
そのうちこちらがだんだん追いつかなくなってきて、とりあえずセリフだけ書くことになる。そうしながらチラチラ登場人物たちの様子を見て、「こんな格好している」とか「そんなことするのか」と、見たままを書いているだけなんです。
―― 小説になる以前に、浅生さんの頭の中ではそのもととなるドラマが繰り広げられているわけですね。お話をうかがうと、こちらまでワクワクするような執筆スタイルに思えるのですが、実際にはいかがですか?
いや、もう大変です。「自分の頭の中で作り上げた別の世界に入って、また戻ってくる」というのがわりとしんどい作業で、あまり行きたくない(笑)。
僕にとってはドキュメンタリーの撮影と同じで、その場に行ってカメラを回して素材をとってくる。また次のタイミングでその世界に行って、撮影して戻ってくるということを何度か繰り返して、ある程度たまったところで箱書きを始めます。
『伴走者』の場合は、最初にこういう出会いがあって、途中で問題が起きて、最後のほうで大会があって、と起きるであろうことを時系列に書き出してみて、自分がいままで書いてきた素材を「これは前半」「これはラスト」と並び変えていく。素材は全部手書きなので、それをパソコンで打ちながら編集していって、ある程度ストーリーができてくると、あとは自然とラストまで行く感じです。
―― 夏編は過去と現在が交互に綴られていく構成ですが、お話を聞いてなるほどと思いました。
夏編はまさにそうですね。撮影、編集、仕上げをして、テロップ入れたり、音楽をつけたり。テレビ番組やCMと同じような作り方で書いています。
―― 夏編のラストシーンも冬編のラストシーンも、どちらも違った意味で予測のつかない展開でしたが、それも浅生さんの中で自然に生まれてきたものなのですか。
どちらもいわゆる単純なハッピーエンドではないですよね。特に夏編のほうは、僕も書いていてびっくりしました(笑)。
だけど僕の中では必然だったからそうなっているのであって、やはりそこは「嘘をついてはいけないな」と思ったんです。小説はそもそもフィクションですけれど、その世界の中で僕が見聞きしていないものを書くのは嘘だと思ったので、ラストはそのままにしました。
―― このあとは、平昌オリンピックに取材に行かれるそうですね。
2月の頭から終わりまで、テレビの仕事で行ってきます。3⽉9⽇からのパラリンピックにも⾏きたいと思っているのですが、まだ現地で取材できるかはわからなくて。テレビの取材は時間や予算の制約がかなりあって、実は伴走者との出会いもそうした制約の中で生まれたものだったんです。「予算がない、時間がない」の仕事ばかりですが、それをきっかけに『伴走者』を小説として形にすることができたので、よかったなと思っています。
浅生 鴨 Kamo Aso
1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。NHK職員時代の2009年に開設した広報局ツイッター「@NHK_PR」が、公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、中の人1号として大きな話題になる。2013年に「群像」で発表した初の短編小説「エビくん」は注目を集め、日本文藝家協会編『文学2014』に収録された。2014年にNHKを退職し、現在は執筆活動を中心に広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がけている。著書に『中の人などいない』『アグニオン』『猫たちの色メガネ』がある。