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グレッグ・イーガンの『ゼンデギ』は、現在SF関係者・ファンが最も注目している作家の6作目の邦訳長篇。これまでの作品群は、量子力学における観測のあり方や遠未来の異星人の視点で描かれた世界探査などで少々ハードすぎるものだったが、本作は今より少し先の主にイランを舞台にした人間ドラマがメインの傑作だ。
第一部は2012年の設定(原著刊行は2010年)、オーストラリア人新聞記者マーティンとMITで脳の神経回路地図作成チームに所属するアメリカ育ちのイラン人女性ナシムの視点で描かれる。マーティンはテヘラン支局に転勤。ナシムはMITを離れイランに戻る。
第二部は、15年後のイラン。ナシムはイラン発の多人数参加型ヴァーチャルリアリティ・ゲーム「ゼンデギ」の運営会社に勤務している。ナシムはライバル会社との競争から、かつて研究していた脳のマッピング技術を応用して脳の機能を模倣させる手法を開発することになる。
マーティンはイラン人女性と結婚し小さな書店を営んでいたが、ある日、5歳の息子にせがまれ一緒に「ゼンデギ」を体験する……。
やがて、2人は知り合い、マーティンはナシムにあることを願い出る。
わたしたちからみたイランおよびイスラム社会は、距離的にも歴史や文化的にも遠く異質な場所だが、その社会を舞台に電子化された存在を描き、作中で様々な議論を深めてゆくのは現在最高のハードSF作家といわれる作者ならではのリアリティ。なお「ゼンデギ」とは英語のLifeに該当するペルシャ語のこと。
梶尾真治の『怨讐星域』は全3冊の力作。ストーリーは、数十年後に太陽のフレア膨張により地球が消滅してしまうことがあらゆる観察や研究によって確定した未来。アメリカ大統領アジソンは密かに地球脱出を計画、172光年先の居住可能な惑星へ選ばれた3万人の人々と世代間宇宙船で出発した。
選ばれなかった大多数の人類は、地球に残され来るべき滅亡の日を待つだけであった。が、あるエピソードがきっかけで、1人の天才によって物質転送装置が発明され、地球に残された人々は宇宙船が目指す惑星へと向かった。星間転移で地球を脱出した人々は、惑星に先回りしているのだ。
ここまでが、いわば幹となる。その幹に太い枝として、世代間宇宙船内のパートと先回りして宇宙船での脱出組に復讐を誓う人類のパートが交互に語られてゆき、やがて両者が出会う時を迎える。
人間味溢れるいくつものエピソードを積み重ねることで壮大さが際立ち、読後になんともいえない感動が湧き出てくる。著者の新たな代表作となったと思う。
大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 折り紙衛星の伝説』は2014年に発表された作品から選ばれた17篇(コミック2篇を含む)と第6回創元SF短編賞受賞作「神々の歩法」および選考経過と選評、編者による後記、初出一覧、2014年日本SF短編主要作リスト……と年刊傑作選に相応しい構成になっている。
評者の立場からいうと、これまでの年刊傑作選は既読作品が多くなりがちであったが、本書は電子媒体やファン出版(プロ作家による同人誌)からの選択が多く未読作が増え、読み応えがあった。ベスト作を選ぶなら、シュールな設定を丁寧に積み重ねた上で、それを静かな怒りでぶち壊してみせる三崎亜記「緊急自爆装置」だ。
一方、小説宝石特別編集の『SF宝石2015』は2年ぶりの新作アンソロジー。短篇とショート・ショートに梶尾真治から東野圭吾まで20名の作家が参加。過去への抒情が溢れ出す新城カズマの「あるいは土星に慰めを」、理系の魅力に拘った松崎有理の「架空論文投稿計画」など佳作を多く収録。
両書とも日本SFの優れたショーケースとして推します。