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『悪の教典』『黒い家』の作者が小説作法の手の内を明かした貴志祐介『エンタテインメントの作り方』に《ひとつの小説を生み出すという作業は、小さなアイデアの種を見つけ、手塩にかけて育て上げていくようなものだ》という一節がある。育て上げた木にどんな花を咲かせるか。それがつまり作家の才能というものだろう。
薬丸岳の『Aではない君と』は、少年犯罪を加害者の父の立場から描いたリーガル・サスペンスの秀作である。主人公は建設会社のサラリーマン。美術館建設の企画が通って祝杯をあげた日に、離婚した妻と暮らす一人息子が同級生殺害の容疑者として逮捕された。あの子が人を殺すはずはない、これは何かの間違いだ。だが、面会に駆けつけた彼に、息子は何も語ろうとはしない。
少年犯罪が報じられるたびに、世の親たちは、もしあの「A」が自分の子供だったらどうしようと考える。作者は綿密な取材によってその問いに答えるとともに、見事な小説の花を咲かせて見せる。
雫井脩介の『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』は、2004年に旋風を巻き起こした『犯人に告ぐ』に続いて神奈川県警の巻島捜査官が登場する警察小説の秀作である。今回は振り込め詐欺と誘拐の二段構えになっていて、犯人側と捜査側の双方から交互に事件の進行が語られる。
前段の振り込め詐欺では、なんとも合理的な詐欺ビジネスの実態が「掛け子」と呼ばれる電話担当の兄弟の視点からリアルに描かれる。同じグループによる後段の誘拐事件では、身代金の受け渡しに前代未聞のアイデアが凝らされていて、それだけでも一読に値する。
木内一裕の『不愉快犯』は、完全犯罪を描いたクライム・ミステリーの快作である。人気ミステリー作家の妻が行方不明になり、事件性が高いと見た2人の刑事が捜査に乗り出す。状況は夫の犯行を示しており、本人も「どうせなら死んじゃっててくんないかなあ」などと不愉快な言動を繰り返すが、なかなか死体が見つからない。
同じ容疑で2度起訴されることはないという一事不再理の原則を逆手にとった犯行計画の斬新さもさることながら、ミステリー作家にして天才的な犯罪者という悪役の設定が新鮮で、一読三嘆のおもしろさがある。
深町秋生の『猫に知られるなかれ』は、占領下の日本を舞台にしたスパイ小説の力作である。戦後の混乱が続く中、日本の独立を守るべく極秘裏に作られた情報機関があった。吉田茂の右腕で元情報局総裁の緒方竹虎が率いるCATである。さまざまな因縁でこの組織に加わった旧軍の諜報員や憲兵隊員が、GHQの占領政策に逆行する不穏分子を炙り出す。物語のスケールは小ぶりだが、日本の未来のために再び銃を取った男たちの活躍には、スパイ小説本来の迫力と臨場感がある。
アーナルデュル・インドリダソンの『声』(柳沢由実子訳)は『湿地』『緑衣の女』に続くエーレンデュル捜査官シリーズの第3弾である。ホテルの地下室で殺された孤独な男の過去を追っていくと、エーレンデュルにとっても他人事ではない悲劇が浮かび上がる。
ミシェル・ビュッシの『彼女のいない飛行機』(平岡敦訳)は、エスプリの利いたフレンチ・ミステリーである。飛行機の墜落事故で生後まもない女児が1人だけ生き残った。同機には身体的特徴のよく似た2人の赤ん坊が乗っており、どちらの両親も事故死している。両家の遺族は「うちの子だ」と主張した。一方の遺族に雇われた私立探偵が18年後に探り当てた真実とは?
以上6作、いずれも小さなアイデアの種を大切に育てて大輪の花を咲かせたおもしろミステリーの好例である。