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女優、コメンテーター、そして作家と幅広く活躍する中江有里さんは、芸能界きっての読書家としても知られています。新刊『わたしの本棚』は、これまでの人生と、その傍らにあった24冊の本について綴ったエッセイ集。ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんの『わたしを離さないで』も紹介されています。
今回は「書店との出合い」をテーマに、中江有里さんからエッセイをお寄せいただきました。「書店は、自分の原点に返れる大事な場所」だという中江さん。本や本屋さんへの愛情が伝わってくる、素敵な一編です。
中江有里
なかえ・ゆり。女優・作家。1973年大阪市生まれ。法政大学卒。1989年芸能界デビュー。数多くのテレビドラマ、映画に出演。2002年「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」最高賞を受賞し、脚本家デビュー。NHK BS2「週刊ブックレビュー」で長年司会を務めた。テレビ番組のコメンテーター、新聞・雑誌のエッセイ連載、読書をテーマにした講演など幅広く活躍中。著書に『結婚写真』『ティンホイッスル』『ホンのひととき 終わらない読書』『わたしの本棚』。
小学生の頃、家族で月に一度の割合でデパートへ出かけた。
デパートには大手書店が出店していて、親が買い物をする間、わたしは書店で本を読んで待っていた。天井まで届く本棚を丸く囲むようにしつらえられたベンチにはわたしと似たような子どもがぎっしり座っている。今考えると、実に平和な昭和の光景だった。
親が迎えに来ると、その日一番気に入った本を一冊買ってもらって帰路につく。買った本を繰り返し読んで、次のお出かけの機会を待っていた。
その後芸能界に入ることになったわたしは、15歳でひとり上京した。慣れない東京で、行ける場所は限られていた。学校、レッスン場、事務所、コンビニ……どこも行かなければならない場所だったが、唯一駅前の書店だけは、ふいに訪ねることができた。
学校帰りに、レッスンの合間に、何の予定もない休日に足繁く通う。書店はわたしのオアシスだった。
書店のよさは、誰が居ても不思議がないところだ。子どもがひとりで居て自然な場所は学校や公園を除くと案外ない。そういう意味で、書店に居る時間はただ読む人でいられる。それは大人になっても変わらない。年齢も立場も関係なく、ただの読み手として書店に居る。まっさらな自分で居られる。自分の原点に返れる大事な場所だ。
今も時間があると、書店に行く。店内のPOPや平積み、棚差し本などグルグルと見て回っている。もちろん読むべき本を探しているのだが、いつしかそれだけではなくなった。
ふと置いてある本が目にとまる。本に巻かれた帯がずれていた。
「かわいそうに……」
見つけてしまった以上、そのままにするのも忍びなくそっと帯を巻き直した。さらに別の場所に目を移すと、文庫本が単行本の平積みに重ねてある。
「誰かが買おうと手にとって、やっぱりやめて置いていったのだな」
さっと本を手に取り、文庫本コーナーに戻しておく。
以前知人と書店に立ち寄った際に、平積み本の角を整えるわたしを見て「なにやってるの? 書店員みたいだね」と言われた。
ハッとして、自分に問うた。
「わたしの行為は、はたして正しいのだろうか」
良いことをしているつもりだったが、書店員の方々の仕事に、勝手に足を踏み込んでいるのかもしれない。しかし目の前の本の表紙がめくれていたり、重なった本の角がずれたままなのを放っておけない。
色々考えた末「私的パトロール」と称し、こっそりと本を見守ることにした。
そんなある日、あるドラマの出演依頼が来た。役柄はなんと書店員! プロデューサーはこう言った。
「本好きの中江さんにぴったりだと思いまして」
一も二もなく引き受けた。そうしてわたしは、初めて書店員用エプロンをつけてウキウキと売り場に立った。堂々と本の位置を直したり、整えたりできる!
しかし予想とは違った。演技のうえのことだが、本を運び、並べるのは思った以上の重労働だった。同時に客の対応をし、本をアピールすべく飾り付けもする。
たった一日の書店員体験だったが、貴重な時間を過ごした。
その後、一日書店員に扮した三省堂書店神保町本店で、拙著刊行記念のトークショーがあった。そこで思いきって普段の書店パトロールについて話してみた。
帰り際、書店員さんから声をかけられた。
「いつでもパトロールに来てくださいね」
こうして本家のお墨付きを得たわたしは、いつパトロールに行こうかとうずうずしている。
【著者の新刊】
家族との別離、女優への第一歩を踏み出したとき……本はいつでも隣にいてくれた。本をとおして人生を見つめ直す珠玉の読書エッセイ。
(「日販通信」2017年12月号「書店との出合い」より転載)