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昨年、短編集『満願』で年末ミステリ・ランキング三冠達成という快挙を果たした米澤穂信さん。待望の新作は、米澤さんの初期の代表作『さよなら妖精』に登場した太刀洗万智(たちあらい・まち)が主人公の物語だ。
担当編集者曰く「11年前に書かれた『さよなら妖精』は、おそらく著者が20代でなければ書けなかった小説」。本作は「30代だからこそ書ける、自分の里程標(りていひょう)となる作品」として「力を尽くして書きたかった」と語る。同時に、異国からきた少女と高校生たちの出会いと別れを描いた『さよなら妖精』は、ひとつの完成した小説ではあるが、「登場人物たちの人生には、積み残しの宿題が残っているのではないか。そこに挑みたいという思いがありました」。
2001年、記者として6年間勤めた新聞社を辞めフリーとなった太刀洗は、知り合いの雑誌編集者からアジア旅行特集の仕事に誘われる。彼女が事前取材でネパールに入った直後、王太子が国王をはじめ多数の王族を殺害したナラヤンヒティ王宮事件が起こる。早速取材を始めた太刀洗は、宿の女主人の仲介で王宮を警備していた軍人に接触するが、その後、彼の死体が上半身裸で空き地に放置されているのを発見する。その背には「密告者」の文字が刻まれていた─。
彼はなぜ殺され、犯人は一体誰なのか。同じ宿に泊まる日本の元僧侶やアメリカの大学生、インドの商人、宿周辺を縄張りにする土産物売りの少年、そして殺された誇り高き軍人……。太刀洗が彼らと触れ合う中で知った、この世界の「当たり前のこと」とは。
「書きたい話とその舞台は、自分の中で別々に溜まっていくことが多いんです」「今回は、以前から書きたかったナラヤンヒティ王宮事件を舞台に、大人になった太刀洗が自ら社会に歩み寄り、コミットしていく最初の物語」を一つにまとめあげた。
フリージャーナリストとなったその後の太刀洗についてはすでに4編の短編が発表されていて、米澤さん自身はこれを〈ベルーフ〉シリーズと呼んでいる。〈ベルーフ〉とは、ドイツ語で「職業」「天職」を意味する語。つまりこの長編は、太刀洗の人生を決定づける出発点でもある。そして、当初は名を上げる好機として事件の真相を探り始めた太刀洗だが、その過程で直面する記者としての懊悩は、作家である米澤さん自身にも「突きつけられている」。『王とサーカス』の題名に込められた表現者としての思いは、ぜひ本書から汲み取ってほしい。それは物語を受け取る私たちにも、決して無関係ではないはずだ。
ちなみに〈ベルーフ〉シリーズは、書き下ろしを含む短編集が年末にも刊行予定とのこと。こちらも楽しみに待ちたい。
登場人物こそ共通しているが、「新たなる正編」ともいえる本作は、「小説家として仕事をさせていただいた、14年の思いの丈を込めた小説です。楽しんでいただければうれしいです」。
米澤穂信 Honobu Yonezawa
1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第五回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞してデビュー。青春小説としての魅力と謎解きの面白さを兼ね備えた作風で注目され、『春期限定いちごタルト事件』などの作品で人気作家の地位を確立する。2011年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『さよなら妖精』『犬はどこだ』『インシテミル』『追想五断章』『リカーシブル』などがある。