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愛する人にだけ見せたはずの自分の裸体が、いつの間にかネット上に晒されてしまったとしたら――。
8月19日(土)に発売された柚木麻子さんの『さらさら流る』は、そんな“リベンジポルノ”の被害に遭った女性が、心の痛みと恐怖を克服し、自らの力で再び歩き出すまでを描いた小説です。
「“性被害に遭った女の子がどう立ち直るか”というテーマを、じっくり書きたかった」という柚木さん。本作が生まれたきっかけからリベンジポルノという問題の難しさまで、お話をうかがいました。
あの人の中には、淀んだ流れがあった――。28歳の井出菫は、かつて恋人に撮影を許した裸の写真が、ネットにアップされていることを偶然発見する。恋人の名は光晴といった。光晴はおどけたりして仲間内では明るく振る舞うものの、どこかそれに無理を感じさせる、ミステリアスな危うさを持っていた。しかし、なぜ6年も経って、この写真が出回るのか。菫は友人の協力も借りて調べながら、光晴との付き合いを思い起こす。飲み会の帰りに渋谷から暗渠をたどって帰った夜が初めて意識した時だったな……。菫の懊悩と不安を追いかけながら、魂の再生を問う感動長編。
――『さらさら流る』はタイトルの示す通り、全編を通して川や暗渠が象徴的に出てくる物語ですね。
編集担当さんが元文学青年で、宮本輝さんの川三部作(『泥の河』『蛍川』『道頓堀川』)が好きなんです。彼に、「川が出てくる話を書くといいと思う。川は人生の象徴だから」と前から言われていたのですが、川はあまり見たことがなくて。
東京の川は蓋をしたり埋設されたりして、その多くが暗渠になっています。「暗渠しか見たことがないな」という話をしたら、「暗渠は覆いをした川や水路のことだから、暗渠の話にしたらいいのではないか」という話になって。私は不勉強でそのことを知らなかったのですが、それなら私は川に囲まれて生きていたんだなということに気がついたんです。それがこの小説を書く発端でした。
それと、東京の川が暗渠化されたのは、ちょうど1964年の東京オリンピックの頃。いまの日本も2020年のオリンピックに向けて、急ピッチで準備を進めていますよね。福島の復興をはじめ、やるべきことがたくさんあるのに全部すっ飛ばして、あるものを見ないようにしている感じを受けます。私にももしかしたらそういう部分があるのかも、と書きながら思い当たることがありました。
――物語は、主人公の菫が大学1年生になったばかりの春から始まります。酔い潰れてしまったサークル仲間の光晴を介抱した菫は、光晴の提案で渋谷から世田谷にある自宅まで、暗渠をたどって歩いて帰ることに。その道程が、夜の空気感とともにとてもリアルに描かれていますが、このルートは実際に歩かれたのですか。
そうですね。今回は歩くことで物語が出てくる感じでした。そうして歩くうちに、近所にも井戸があるのを見つけたり、例えば「クリーニング屋さんやお豆腐屋さんが多い地域は、近くに水があった場所だ」といわれていますが、そういうことが気になったり。身近な水の存在に敏感になりました。
ウィキペディアでは私は世田谷生まれということになっていますが、実際は大田区生まれ、大田区育ちです。今回調べていくうちに、大田区には海があって、呑川をはじめとするたくさんの川があることを、思い出しました。また、東横線の都立大学駅あたりをロケハンしている時に、その呑川が近くの緑道とつながっていることもわかったんです。
――目黒区のあたりから大田区まで緑道をたどっていけば、海に出られてしまうというのは驚きました。このお話も、菫の再生を象徴する、物語の重要なモチーフになっていますね。
それも歩いているうちに考えつきました。そうやってストーリーが決まっていくことが多かったですね。
――今作のもう一つのモチーフは“リベンジポルノ”ですね。なぜリベンジポルノを取り上げようと思われたのですか?
以前『本屋さんのダイアナ』でデートレイプのことを書いたのですが、やり残したことがあるとずっと思っていました。その話が出てきたのがラストのほうだったので、もっとじっくり書きたかったという思いがあったんです。
今回は「性被害に遭った女の子がどうやって立ち直るか」ということがテーマとしてあって、それが「暗渠」のイメージとぴったりはまったのだと思います。
――書かれるにあたって、参考にされた事件などはありますか。
私がインスパイアされたのは、リベンジポルノの被害を受けたデンマーク人女性が自らヌード写真を公開したという話です。彼女は自分のヌードを取り返すために、自分でカメラマンを指定して、撮影した写真をフェミニストサイトや雑誌に発表しました。
海外では女優さんなどがリベンジポルノの被害に遭ったときに、声明を発表したり、闘う意志を見せる人が多いですよね。それに対して日本では、芸能人が被害に遭うと仕事をなくしたり、糾弾されるケースが多々あるなと感じていました。
――今作でも菫の写真流出の被害を聞き、彼女を心配しつつも心無い言葉を口にしてしまう先輩女性が出てきます。彼女の「こういう話、見るのも聞くのも、すごく苦手」「できるだけ、こういうことを自分から遠ざけておきたいんだと思う」というセリフは、多くの人の本音なのかもしれません。
私も同じような相談を受けたときに、相手に100%寄り添ってあげられるかというと不安があって、書きながらいろいろと考えました。「写真を流出された被害者にも落ち度があったのではないか」という発想には、自分や家族、親友には絶対に起こらない問題だと信じたい思いがあるのでは。だからこそ被害者の落ち度を探してしまうのではないでしょうか。
「なんでそんな写真を撮ったの」とはよく言われることですが、その時は好きで付き合っていて、「生涯の伴侶になるかもしれない人」だったわけですよね。そもそも別れることなんてイメージして撮っていないのだし、責められないと思うんです。そこはこの問題の難しさですよね。
――菫は画家である親友の百合に助けられて被害に対処し、“自分の身体”を取り戻すためにあることを始めます。自力で立つことももちろん必要ですが、親子や恋愛、友情というさまざまな関係と視点を通して、人は成長したり、立ち直ったりするのだなという温かさを感じました。
最初は違う方法を考えていたのですが、「百合が関わる形にしよう」と書いているうちに思いつきました。菫と百合は姉妹同然の付き合いですが、百合はなぜ菫とこんなに一緒にいるのだろうと考えることで、百合についても見えてきたところがあります。
恋愛にしても、過去の関係を振り返ってみると、自分が相手のどういうところに魅かれるのか、何を求めているのかが見えてきますよね。菫と光晴のような初恋の相手であれば、なおさらそうなのではないでしょうか。それは鏡のように「自分」の内面を映し出すような気がします。
後編へ続く(2017年9月12日公開予定)
・リベンジポルノをテーマに加害者の内面を描いた理由とは――『さらさら流る』柚木麻子インタビュー【後編】
柚木麻子 Asako Yuzuki
1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。ほかの作品に『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『その手をにぎりたい』『奥様はクレイジ ーフルーツ』などがある。
・贅沢はムダじゃない!?“手渡し”で食べる鮨屋を舞台に、80年代の恋を描く『その手をにぎりたい』:柚木麻子さんインタビュー