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カルト教団を舞台に、「人間」という存在に正面から向き合った『教団X』のブームが記憶に新しい中村文則さん。そんな中村さんの新刊『R帝国』が、8月21日(月)に発売されました。
国家を支配する”党”と、謎の組織「L」が存在するR帝国。隣国との戦争が始まり、やがて世界は思わぬ方向へと暴走していく――。
本作は、そんな近未来のディストピアを舞台に、政治によって個よりも全体が優先される全体主義の恐ろしさを描いています。右傾化していく世界への危機感から「“今”を意識して書いた」という中村さんに、本書に込めた思いについてエッセイを寄せていただきました。
「君が戦争に興味がなくても、戦争は君に興味を持っている」
この言葉は、ロシアの政治家・思想家のレフ・トロツキーの言葉とされているけど、実際は違うという話もあって、色々ややこしい。でも出典はどうあれ、僕はこの言葉を初めて見た時、背中がザワザワして、少し恐ろしくなった。政治に興味がなかったとしても、確かに全体主義が進んでいけば、次第に自分の生活に影響が出てくる。戦争が起これば、否応なく巻き込まれてしまう。
しかも厄介なのは、「まだ大丈夫」と思っていると、いつの間にか事態は「もう遅い」となってしまうのが独裁政権であり、全体主義の特徴というのが歴史的に認識されていること。ドイツでナチスに抵抗したニーメラーは、自分と関係ない人達が迫害された時は何もしなかったが、いざ自分達が迫害された時は全てが遅かった、という意味の言葉を残している。ちなみにナチス・ドイツでは本が大量に焼かれたが、僕達からすると「ナチならそれくらいするだろう」と思うけど、当時の人達にそんな認識はなく、その光景を見て驚いて、何か昔の物語を見ているような感覚に陥り、強い恐怖を感じたらしい。現在のトルコも、あっという間に独裁国家になってしまった。
現在の日本でも、そのような危険を連想させる要因が、少なからず水面下に存在している。様々な団体・組織が複数、政府中枢に依然かなり食い込んでいる。トランプ氏の現象は言うまでもなく、世界は全体的に右傾化していて、現在は、世界全体がどちらに転ぶか、ちょうどシーソーの中央辺りをふらついてるような感じがする。世界の様々な文学者と話す機会もあるのだけど、会話は大抵政治の話になり、危ないと語る人がかなり多い。日本も依然、そうである。何か大きなことが国内で起これば、今の世論なら急変する。
そういう危機感から、この『R帝国』を書いた。資本主義で、民主主義で、経済大国であるのに、全体主義となってしまった国の物語。舞台は近未来だけど、「今」を意識して書いた。政治的な右や左、ヘイト・スピーチ、フェイク・ニュース、戦争など、現代の問題の根幹を文学的に分析しながら、国家と「テロ組織」の物語に乗せて書いた。以前に書いた『教団X』でも中々踏み込んで書いたのだけど、この『R帝国』では、それ以上に踏み込むことになった。それは当然のことながら、時代がそうさせていた。作中に、「委縮は伝播する」という言葉があるのだけど、この小説の委縮はゼロである。
ちなみに、作中で特殊な「羽蟻」が国内に流入するエピソードがあるけど、初出を見るとわかる通り、火蟻がニュースになる前に、既に連載時に書いて掲載されていたことなので、この小説の方が先になる。なので「蟻のエピソードの使い方は安易だ!」とか、思わないでくださると嬉しかったりする。偶然としか言い様がなく、小説を書いていると、時々こういうことがある。
皆さんがこの小説の全体からでも、たとえ一部からでも、何かを感じてくれたら作者としては嬉しい。
中村文則 Fuminori Nakamura
1977年、愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年「銃」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2004年「遮光」で野間文芸新人賞、2005年「土の中の子供」で芥川賞、2010年『掏摸(スリ)』で大江健三郎賞を受賞。同作の英語版『The Thief』はウォール・ストリート・ジャーナル紙で「Best Fiction of 2012」の10作品に選ばれた。2014年、日本人で初めて米文学賞「David L. Goodis 賞」を受賞。2016年、『私の消滅』でドゥマゴ文学賞受賞。他の著作に『悪意の手記』『最後の命』『何もかも憂鬱な夜に』『世界の果て』『悪と仮面のルール』『王国』『迷宮』『惑いの森』『去年の冬、きみと別れ』『A』『教団X』がある。
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