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中学校で国語の教師を務める傍ら、作家として数々の青春小説を紡いできた瀬尾まいこさん。
7月31日(月)に発売される新刊『君が夏を走らせる』の主人公は、瀬尾さんの教師時代のやんちゃな教え子がモデルなのだそう。専業作家となった現在は、3歳の娘さんに手を焼いているという瀬尾さん。かつてと今、瀬尾さんを振り回す彼らが小説の中で出会ったら……? そんな思いから生まれた本書について、瀬尾さんにエッセイを寄せていただきました。
ろくに高校も行かずふらふらしている俺が、何故か先輩の小さな子どもの面倒をみる羽目に。泣きわめかれたり、ご飯を食べなかったり、最初は振り回されっぱなしだったけど、いつしか今まで知らなかった感覚が俺の心を揺り動かした。駅伝小説『あと少し、もう少し』に登場した不良少年・大田の、ひと夏の出会いと別れの物語。
夏がやってくると、中学校駅伝を思い出す。中学校で勤務していた時、陸上部の顧問だった私は、運動なんてまったくできないのに、駅伝を担当していた。
9年前の夏。陸上部員は2名だけの寄せ集めのメンバーで駅伝大会に出場した。なかでも、2区を走ったO君は、周りから浮いていた不良で、最後まで練習が続くかすら不安だった。ところが、彼は駅伝間近に髪を坊主にして、本番では大声で吠えながら必死で走った。彼を含めみんなの活躍で、その年は府大会に進出することができた。
今もあの夏を思い出すと、胸は熱くなる。自分が中学生だったころの思い出など一つもないのに、教師になって見てきた生徒たちの日々は、未だに胸を焦がす。
O君は、この小説の大田君のモデルだ。やんちゃですぐにキレる中学時代の彼に、担任をしていた私は振り回され、とんでもなく手を焼いていた。ところが、そんな彼に、卒業後、2度も助けてもらった。
1度目は体育祭だ。再び3年生の担任をしていた私は、練習に参加しない数名の生徒に頭を悩ませていた。クラスで話し合いをしたり家庭訪問をしたりと、手を尽くせば尽くすほど裏目に出て、ますます彼らを固まらせてしまうばかり。どうしたらいいのかわからなくなっていた時、その状況を耳にしたO君が「俺が話つけるわ」と申し出てくれた。その翌日から、反抗的だった彼らは、突如まじめに練習に参加し始めた。O君にひどい目に遭わされたにちがいないと聞いてみると「後で後悔するって、言ってくれたわ」と神妙な顔で言うではないか。どうやらO君は、懸命に全うなことを話してくれたようだ。
その後、中学校で講演会を開くことがあった。担当だった私は、どんな講師を呼ぼうかと悩んでいた。テーマは「真剣に授業に向かうには」。偉い人に話をしてもらっても、生徒はほとんど聞かないだろう。もっと身近で中学生にストレートに届く話。そんな話をできるのは誰だろうと考えていると、O君が頭に浮かんだ。
彼は自分の中学校時代をどう思っているだろうか。彼だからこそ伝えられることがあるのではないだろうか。「そんなん、ガラにもない」と断られるのを承知でお願いしてみると、O君はあっさりと了承し、金髪でいかつい姿のまま、今がどれくらい大事か、全校生徒を前に話してくれた。中学生たちは、今までにないくらい真剣に耳を傾けていた。
今、私には3歳の娘がいる。あの頃の生徒たちに負けず劣らず、私の手を焼かせるやんちゃな娘だ。もし、O君が娘の面倒をみたとしたら、どうなるだろう。そんなことを思い浮かべているうちに、この話ができあがった。実際に、O君と娘を会わせたことはない。でも、どんなやっかいごとでも、自分に不似合いなことでも、やると決めたらとことん付き合う彼が、目の前の状況にどう向かっていくのかを考えるのは、容易だった。いや、現実の彼は、私の想像などはるかに越えることをやってのけるはずだ。
O君とわが娘。私を振り回してばかりの彼らは、1冊の本に収まりきらないくらいいとおしい。これからさらに大きく広がっていく彼らの日々を想像すると、どうしたって胸は熱くなる。
瀬尾まいこ Maiko Seo
1974年、大阪府生まれ。大谷女子大学国文科卒。2001年「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、2008年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞する。他の作品に『天国はまだ遠く』『図書館の神様』『強運の持ち主』『おしまいのデート』などがある。