'); }else{ document.write(''); } //-->
「阪急ブレーブス」(現在のオリックス・バファローズ)をキーにした小説『勇者たちへの伝言』でデビューし、昨年夏に、同作が第4回「大阪の本屋と問屋が選んだ、ほんまに読んでほしい本大賞」(略称:大阪ほんま本大賞)に選ばれた増山実さん。
増山さんは作家デビューを目指していた頃、ある書店員さんからもらった言葉が、今も大きな支えになっているのだといいます。
今回は増山さんに、その時のエピソードをお寄せいただきました。
増山 実
ますやま・みのる。1958年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。出版社に勤務後、放送作家に転身。関西の人気番組「ビーバップ!ハイヒール」(朝日放送系)のチーフ構成などを担当。2012年「いつの日か来た道」が第19回松本清張賞最終候補に。同作を改題した『勇者たちへの伝言』で2013年デビュー。同作で2016年、第4回「大阪ほんま本大賞」受賞。そのほかの著書に『空の走者たち』がある。
その日、ぼくは家の近くの書店に駆け込んで、「オール讀物」の六月号を買った。
第十九回松本清張賞の発表が掲載されていたのである。
その年に「いつの日か来た道」という作品で応募し、幸運なことに最終選考にまで残っていた。しかし実のところ、受賞には至らなかったことは事前に知っていた。選考会はおよそ一ヶ月前に終わっており、落選の報を電話で受けていたのだ。
しかしそれでも、その「オール讀物」を読みたくてたまらなかった。選考委員の講評が載っているからだ。自分の作品をプロの作家が評している。そんな経験は今までなかった。落選したのはわかっていても、あの精魂込めて書いた作品を、名だたる選考委員がどう評しているのか。それがとても気になっていた。
レジでお金を払い、その足で喫茶店に駆け込む。いつものカウンターに座る。選評のページを開く。選評者は五人。一人ずつ読んでいく。
一人目の評が実に厳しかった。ショックだった。厳しく評価されたことがショックだったのではない。批判されているポイントが、作者としては納得し難く、大きな違和感を抱いたからだ。こんなふうに読まれるのか。
しかしその後、四人の評を読み終え、自分の作品が受賞にふさわしいと評してくださった方が二人いたことがわかった。
一方で別の作品を推した選考委員も二人おり、結果的に受賞は叶わなかった。
その後もぼくは小説を書き続けた。デビューするには、新人賞に応募して受賞するしかない。落選したら、また来年も応募する。そうするしかないと考えていた。しかし、次の新人賞に応募するには、また一年かかる。そこでまた納得し難い評価を下されたら……。別の賞に応募すべきか。それとも……。
よく行く書店が大阪の堂島にあった。そこは古いビルの二階にある小さな書店で、ある日何気なく立ち寄ったのだが、女性店主のSさんとは本の好みが合い、それから親しい友人の家に訪ねて行くような気安さで、執筆に疲れた時などによく足を運んだ。ぼくの書いた小説の原稿も読んでくれていた。
ある日、ぼくはSさんに、悩みを話した。
Sさんは即座に言った。
「増山さん、今は、賞獲ったって、売れへん小説は売れへんよ。それより大事なことは、とにかく本にすることやと思う。増山さんのあの小説、どこか出版社に持ち込んだら、出そうっていうとこが必ずあると思う。とにかく出すこと。そうして本屋に置かれたら、絶対、いつか、書店員さんの目に留まる。だって、今、書店員さんたちは、面白い本を必死になって探してるもん。増山さんの小説が面白かったら、絶対に埋もれることはない。必ず書店員さんが、見つけてくれるって」
今から四年前のことである。
「いつの日か来た道」は、縁あって持ち込んだ角川春樹事務所から『勇者たちへの伝言』と改題され、出版されることになった。
そして昨年、同作は、関西の書店員さんが投票で選ぶ「大阪ほんま本大賞」を受賞、関西中の書店に並んだ。たくさんの書店員の皆さんが応援してくださった。
Sさんの言葉はほんとうだったのだ。
あの言葉がなければ、ぼくはまだいつ獲れるかわからない新人賞を目指しながら、結局は諦めてデビューはできなかったかもしれない。
Sさんが、ぼくの背中を押してくれたのだ。
今年六月、三作目となる『風よ 僕らに海の歌を』を上梓した。この本は売れるだろうか。不安になる時、ぼくはSさんの言葉を思い出す。
「増山さんの小説が面白かったら、絶対に埋もれることはない。必ず書店員さんが、見つけてくれるって」
【著者の新刊】
第二次世界大戦時、日伊共同の任にあたっていたイタリア海軍の特務艦が神戸沖にいた。その名は「リンドス号」。乗組員の料理を担当していた兵士にジルベルト・アリオッタという男がいた。しかしイタリア政府の突然の降伏で彼は祖国へ帰る道を絶たれる。戦後まもない宝塚でイタリア料理店を始めるジルベルトと家族たち。見慣れぬ料理は宝塚の人々を魅了していく。戦争に翻弄されながら、激動の昭和を生き抜いてきた親子二代の軌跡。彼らと交錯する、様々な人生。史実をモチーフに異郷に生きる人々の絆を描く感動のストーリー。
(「日販通信」2017年7月号「書店との出合い」より転載)