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2016年に出産し、“親”となった小説家・山崎ナオコーラさん。出産後、育児をしながらリアルタイムで執筆したという出産・育児エッセイ『母ではなくて、親になる』が、6月19日(月)に発売されました。
『母ではなくて、親になる』というタイトルは、妊娠中に山崎さんが今後のことに思いを馳せて決断したことそのもの。本書では、なぜ「母」ではなく「親」なのかについてはもちろん、生まれてくる赤ん坊に対してご自身も“まっさら”であろうと思ったこと、赤ん坊が生まれてからの日々などが、著者ならではの視点で綴られています。
「母」になるのは、やめた! 妊活、健診、保育園落選……赤ん坊が1歳になるまでの親と子の驚きの毎日とは? 全く新しい出産・子育てエッセイ。
そんな山崎さんは忙しい日々の中で、仕事や生活を面白くしてくれる“パズルの楽しさ”を見出したのだそう。今回はその“パズルの楽しさ”について、エッセイを寄せていただきました。
どんな仕事にも、いろいろな局面があり、様々な楽しさがある。
書籍の出版の際には、「ゲラを見る」という一過程がある。自分の書いた文章が活字になって自分の元に戻ってくる。読み返しながら、最初に書いた文章を手直ししていく。
私は、この作業が大好きだ。どうして好きなのか。パズルっぽくて、夢中になれるからだ。
言葉を移動させたり、違う言葉に書き換えたり、2つの言葉を1つの言葉で表現しようとしたり……、文章の美しさを求めて熟考する。どの言葉をカギカッコで包むか、句読点をどこに打つか、といったことにも悩む。
校閲者さんや編集者さんがミスや疑問点を書き込んでくれているので、ちょっとした悔しさを覚えつつ、「じゃあ、もっと面白くて、わかり易い文章に書き換えてやる」と意気込み、ああでもない、こうでもない、と挑む。
正解のないパズルだが、作業を繰り返していくと、「これだ。この文章を書きたかったんだ」と思える段階に行ける。新刊の『母ではなくて、親になる』は、連載時に初稿、再稿、書籍になる前に、また初稿、再稿と4回ゲラを見ているのだが、毎回、真っ赤にしてしまった。本当は、第1稿から完璧なものを提出するのが理想に違いない。編集者さんにも校閲者さんにも印刷所の方にも余計な手間を取らせてしまい、申し訳ないことだった。でも、私の場合は、この作業を繰り返すほどに、いい文章になっていくような気がしてならない。作業の繰り返しは必要なことなのではないか、と思う。
『母ではなくて、親になる』は、出産後に赤ん坊を見ながらリアルタイムで執筆していった。赤ん坊は、寝たり起きたりを繰り返すので、時間が細切れになる。だが、細切れでも時間だ。「赤ん坊と過ごすのは大変なことで、育児中は時間がない」と聞いていたが、私の場合は、「なんだ、結構、時間があるじゃないか」と思った。
「ゲラを見る」というのは、細切れ時間に行うのにぴったりな仕事だったので、いつも以上に夢中になった。
また、育児をしていると、仕事の他にもパズルが増える。急に生まれた隙間の時間に、皿を洗って、生協の注文して……、と行動を上手く時間にはめていくと、爽快感がある。
また、離乳食が始まると、料理をする作業が増える。そうすると、「小さい冷蔵庫のスペースに、食材をどう詰めるか。そして、それを新鮮なうちに食べるために、どういう組み合わせで迅速に料理していくか」というパズルも生まれる。
仕事をしていると、成果や達成感だけを求めようという気になってしまうときもある。でも、過程の中に、自分なりの楽しさを見つけるというのも乙なものだ。私のように、文学賞に縁がなく、本がそんなにたくさん売れるわけではない作家でも、過程の楽しさに意欲を燃やすと、仕事が面白くてたまらなくなる。「パズルだ」と思いながら、目の前のことに集中してやっていこうと思う。
山崎ナオコーラ Naocola Yamazaki
1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞しデビュー。2017年『美しい距離』で島清恋愛文学賞を受賞。他の著書に『浮世でランチ』『カツラ美容室別室』『ニキの屈辱』『昼田とハッコウ』『ネンレイズム 開かれた食器棚』など。