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〈谷村志穂さんの『空しか、見えない』文庫版がこのほど発売されました。単行本刊行時(2013年4月)のインタビューを再掲載します。〉
数々の小説作品で女性の愛や性を濃密に綴ってきた。
「自分の中の“女性”と、この十年くらいは夢中になって向き合ってきました。でも、その時期は終わったのかも(笑)。今回は“青春”です。そんな作家の青春小説、読みたかないよって言われるの、むしろ楽しみ」
『空しか、見えない』は、そんなわけで谷村志穂さんの新境地ともいえる一作。素材として選んだのは「遠泳」。臨海学校での「ひと夏の経験」だ。
「飛行機に乗ったとき機内誌をめくっていたら、鹿児島・錦江湾で遠泳する小学生の記事を見つけたんです。海に向かって歩く子どもたちの写真があって、背格好はでこぼこ、不安そうな子もいれば胸を張っている子もいる。みんなが広い海へと泳ぎ出す、そのドキュメントを読んで心を動かされました。この子たちにとって遠泳の経験が深い思い出になるところまでは想像ができたけれど、それ以上にこの記憶は後にそれぞれの中にどのように残っていくのか。それを書きたいと思ったんです」
主人公・佐千子は繊維業界紙の記者、25歳。新聞記者を志していたものの大手新聞社への就職はかなわず、希望と現実のギャップに悶々とする日々を送る。ある日の深夜、友人の千夏からかかってきた電話は、中学高校の同級生・義朝の死を知らせるものだった。彼は千葉の岩井海岸で事故に遭ったのだという。そこは中学三年の夏、臨海学校で遠泳をした忘れ得ぬ場所。佐千子、義朝、千夏、のぞむ、純一、環、マリカ、芙佐絵の8人はバディを組んだメンバーなのだ。義朝を偲んで岩井に集まった彼らは、次の夏、再び遠泳に挑むことを約束する。
「遠泳は、自分や仲間を信じる気持ちがなければできないもの。仲間と力を合わせることで自分が持っている以上の力が出て、泳ぎ切れる。そんな経験を持つ主人公たちを、私も書きながらうらやましく感じていました」
15歳の夏を共有し、固い絆で結ばれた仲間。けれど10年の歳月が流れれば、それぞれの人生の方向は否応なく分かれていく。暮らす場所も仕事も、恋や人間関係も。メモリアル遠泳の実現の前には、さまざまな“大人の事情”が立ちはだかる。果たして佐千子たちは揃って岩井の海に泳ぎ出すことができるのか─―。
『アクアリウムの鯨』『シュークリアの海』『静寂の子(文庫版は『冷えた月』に改題)』ほか、谷村さんはこれまでも折々に「泳ぐ人」を書いてきた。海に泳ぎ出すことは、心身を解放する一方、恐怖に打ち克つ勇気もまた試されるもの─―そんな思いが、遠泳という日本的な伝統を通じて青春小説を描くことにつながった。
南房総・岩井海岸は、実際に多くの学校が臨海学校に訪れる地である。
「遠浅で深い青が広がる海。本当に素敵な場所です。この土地を見つけられて、幸運でした」
ラストシーンの心地よさは格別。読めばきっと、昔の仲間に会いたくなる。
谷村志穂
1962年札幌市生まれ。北海道大学農学部にて応用動物学を専攻し、修了。1990年、ノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。1991年、小説『アクアリウムの鯨』を発表。以降、小説を中心にエッセイ、紀行、訳書など幅広い分野で活躍している。2003年『海猫』で第10回島清恋愛文学賞を受賞。『十四歳のエンゲージ』『余命』『尋ね人』『千年鈴虫』『いそぶえ』『ボルケイノ・ホテル』ほか著書多数。
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