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  • カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』――失う記憶、取り戻す記憶

    2015年07月17日
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    日販 商品情報センター 「新刊展望」編集部
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    〈余録〉 ※こちらは「ほんのひきだし」独自記事です(「新刊展望」には掲載されていません)

    この講演会には、カズオ・イシグロの大ファンが記者として「新刊展望」編集部に同行した。彼の一ファンとしてのイベントレポートを、余録として掲載する。〈記・川﨑祐二〉

    「カズオ・イシグロ講演会」の前日、書棚のハヤカワepi文庫をひっくり返して、これまでのカズオ・イシグロ作品を振り返ってみた。

    処女作『遠い山なみの光』、ブッカー賞受賞作『日の名残り』、代表作『わたしを離さないで』……。細部まで抑制した文体で淡々と物語が進む点は共通しているが、それぞれに題材や登場人物、舞台が大きく異なるのが彼の作品の特徴だ。

    遠い山なみの光
    著者:カズオ・イシグロ 小野寺健
    発売日:2001年09月
    発行所:早川書房
    価格:770円(税込)
    ISBNコード:9784151200106
    日の名残り
    著者:カズオ・イシグロ 土屋政雄
    発売日:2001年05月
    発行所:早川書房
    価格:836円(税込)
    ISBNコード:9784151200038
    わたしを離さないで
    著者:カズオ・イシグロ 土屋政雄
    発売日:2008年08月
    発行所:早川書房
    価格:880円(税込)
    ISBNコード:9784151200519

    最新作『忘れられた巨人』は、アーサー王没後の世界を舞台に、「記憶と忘却」というイシグロ氏が追い続けてきたテーマを描いた寓話的小説だ。今年5月の発売から早くも重版がかかり、日本国内でも高い評価を得ている。

    歴代作品を振り返ったことで、ますますイシグロ氏が変幻自在で捉えどころのない、飄々とした人物として印象付けられた。
    しかしそれは、講演会当日に見事に覆されることとなる。

    当日。開始30分前には会場入りしていたが、定員500名の会場は読者やマスコミ関係者で早くも満席。同時通訳ヘッドフォンが配られ、国際色の豊かさを感じさせる。定刻になると、参加者の拍手に迎えられ、カズオ・イシグロ氏、女優の杏さん、文芸評論家で司会の市川真人氏が登壇した。イシグロ氏は思っていたよりも大柄な体格で、白のワイシャツ、黒のスーツのイギリス人らしいトラッドなスタイルだ。

    トークショーが始まった。小説から想像していたような淡々としたイメージはなく、かなり饒舌である。身振り手振りも大きい。あの抑制した文体の底にも、こんな風にさまざまな感情が大きくうねっているのだろうか。

    受け答えもチャーミングで、『忘れられた巨人』の主人公である老夫婦の仲睦まじい描写を受け、杏さんが「イシグロさんと奥様との関係を参考に描かれたのですか?」と質問したのに対し、イシグロ氏は「私たち夫婦より(作中の主人公たちは)ずっと愛し合っている」「我々はいつも喧嘩ばかりだ」と軽妙に切り返す。まさにイギリス紳士といった知的な外見の反面、その中身はユーモアたっぷり。憧れの作家の親しみやすい一面を垣間見て、帰宅したら再度作品を読み返そうと心に決めた。

    印象に残ったのは、杏さんの「寓話的な部分が多い本作ですが、そうした部分はどう読み解けばよいのでしょうか」という質問に対する答え。

    「状況によって変わるが、小説は様々なことを論じることには長けていない。事実を伝えるなら、ルポルタージュや写真のほうが向いている。小説を書きたい、読みたいというのは、書き手と読み手が気持ちを分かち合いたいということ。気持ち・感情を探ろうとすることが、小説の良さである」

    また第2部では、本作を執筆した動機を次のように語っている。

    「『忘れられた巨人』では、記憶について表現しようと考えた。記憶には、個人レベルにとどまらず、国家レベルでの記憶もある。過去の歴史を振り返ると、どんな国家や社会にも、忘れたい記憶というものがある。日本にとっての『忘れられた巨人』とは何なのか。私はここで答えを言わないが、この小説を読んで考えてもらえたら」

    イシグロ氏が口にしなかった、日本にとっての“忘れられた巨人”とは何なのか。私にもイシグロ氏自身にも、きっと“忘れられた巨人”がある……。そんなことを考えさせられた一夜だった。

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