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  • ”イヤミスの女王”誕生のとき、真梨幸子さんの身に起こった出来事とは?「青木まりこ現象再び」

    2017年05月04日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    『殺人鬼フジコの衝動』の大ヒット以来、「イヤミスの女王」の呼び声も高い人気ミステリー作家、真梨幸子さん。今回はそんな真梨幸子さんの、書店にまつわるエッセイをお届けします。

    真梨幸子
    まり・ゆきこ。1964年宮崎県生まれ。2005年『孤虫症』で第32回メフィスト賞を受賞し、デビュー。2011年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。『ふたり狂い』『鸚鵡楼の惨劇』『人生相談。』『5人のジュンコ』『お引っ越し』『アルテーミスの采配』『6月31日の同窓会』『私が失敗した理由は』『イヤミス短篇集』ほか著書多数。

     

    青木まりこ現象再び  真梨幸子

    かつて、書店に行くと、必ずお腹を痛くした。ときには便意すら。

    その痛みはどちらかというと心地よいもので、ワクワクする高揚感も伴っていた。だから嫌ではなかったが、困ることもしばしば。なぜだろう? 私だけ?

    違った。

    この現象には、ちゃんと名前がついていた。

    青木まりこ現象。

    ウィキペディアによると、
    「……書店に足を運んだ際に突如こみあげる便意に対して与えられた日本語における呼称である。この呼称は1985年にこの現象について言及した女性の名に由来する。」

    つまり、あの腹痛は私に限った話ではなくて、多くの人が体験していたのだ。

    その現象のメカニズムはいまだよく分かっておらず、諸説が存在する。

    トイレで読書する習慣が理由とするパブロフ型の条件付け説。活字に対する畏怖からくる緊張またはプレッシャー説。本のにおいが刺激となって体に異変をもたらす化学物質説。中には、本に宿る霊力が影響しているという霊障説まで。

    が、私自身に限っては、理由は分かっている。なぜなら、好きなアイドルがテレビに出たときとか、片思いの先輩を見かけたときとか、テストのヤマが当たったときとか、お小遣いを多めにもらったときとか、そんなときにも同じような現象に見舞われたからだ。これらは条件反射でも緊張でも刺激でも、ましてや霊障でもない。興奮だ。興奮が腸の蠕動運動を誘発し、結果的に便意がもたらされたのだ。

    つまり、書店は、かつての私にとっては「興奮」の坩堝(るつぼ)だったわけである。もっといえばサンクチュアリ。

    書店に入ったとたん、いや、入る前からドキドキがやってきて、それが腸を刺激する。「ああ、いますぐトイレに行きたい!」という生理現象と「でも、一刻も早く本をチェックしたい!」という欲望。それは、まさに至福の葛藤だった。

    ところが、作家デビューして以来、そんな現象はとんとご無沙汰だった。それどころか、違う現象に悩まされていた。それは、「胃痛」だ。

    私は長らく売れない作家だった。

    だから、書店に行っても、私の本を見つけることは難しかった。見つけたとしても、店の隅に棚差し。一方、同時期にデビューした作家さんは高く平積みされて、色とりどりのポップをつけてもらっている。……どす黒い感情がせり上げてきて、胃がしくしく泣き、そして絶望的な気分で帰路につく。そんなことが何年か続き、いつのまにか書店から足が遠ざかってしまった。あんなに行くのが楽しみで仕方なかったサンクチュアリが、地獄と化したのだ。

    ああ。デビューと引き換えに、私はなにかとてつもなく大切なものをなくしてしまったのかもしれない。

    そんなふうに悲嘆にくれていると、出版社の担当から一報が入った。

    「有楽町で、大変なことになってます!」

    そして、メールに添付されていた二枚の画像。それは、店員さん手作りのポップと平積みされた大量の『殺人鬼フジコの衝動』だった。

    いったい、なにが起きているのか? 夢かドッキリか。それを確かめるために、早速、有楽町に足を運んでみた。三省堂書店有楽町店とTSUTAYA BOOK STORE 有楽町マルイ店。

    ……夢ではなかった。ドッキリでも。

    そのとき、懐かしい痛みがやってきた。例の「青木まりこ現象」だ。

    私は、まずは、トイレを探した。

     

    【著者の新刊】

    カウントダウン
    著者:真梨幸子
    発売日:2017年03月
    発行所:宝島社
    価格:1,430円(税込)
    ISBNコード:9784800266125

    余命、半年――。海老名亜希子は「お掃除コンシェルジュ」として活躍する人気エッセイスト、五十歳独身。歩道橋から落ちて救急車で運ばれ、その時の検査がきっかけで癌が見つかった。潔く“死”を受け入れた亜希子は、“有終の美”を飾るべく、梅屋百貨店の外商・薬王寺涼子とともに“終活”に勤しむ。元夫から譲られた三鷹のマンションの処分。元夫と結婚した妹との決着。そして、過去から突きつけられる数々の課題。亜希子は“無事に臨終”を迎えることができるのか!?

    宝島社公式サイト『カウントダウン』より)


    (「日販通信」2017年5月号「書店との出合い」より転載)

    ●あわせて読みたい:〈インタビュー〉真梨幸子さん『鸚鵡楼の惨劇』 “イヤミスの女王” の真骨頂!戦慄のミステリー

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