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『機龍警察』シリーズや『コルトM1851残月』などが評価を集め、ハードボイルドの新旗手として注目されている作家・月村了衛さん。
本日4月21日(金)に発売された最新刊『追想の探偵』は、実在の人物をモデルにした「人捜しが得意な雑誌編集者」をヒロインに、日常の謎ならぬ〈日常のハードボイルド〉を描いた作品だといいます。
モデルになった方とどのように出会ったのか、〈日常のハードボイルド〉とはどういうことか? 創作の舞台裏を交え、月村さんに本作『追想の探偵』についてのエッセイを寄せていただきました。
消息不明の大物映画人を捜し出し、不可能と思われたインタビューを成功させる――
〈人捜しの神部〉の異名を取る女性編集者・神部実花は、上司からの無理難題、読者からの要望に振り回されつつ、持てるノウハウを駆使して今日も奔走する。
だが自らの過去を捨てた人々には、多くの謎と事情が隠されていた。次号の雑誌記事を書くために失われた過去を追う実花の取材は、人々の追憶を探る旅でもあった……。記憶の重い扉が開いたとき、切なさがあふれ出す。日常のハードボイルド。
ある日私は、1人の若い女性に会いました。
雑誌編集長であるその人とは、それまでメールを通じてちょっとした仕事のやりとりなどをしていたのですが、直接お目にかかるのはそのときが初めてでした。
これまで誰も見つけられなかった消息不明の映画人を捜し出してインタビューを取ってくる――その手腕にかねてより感服していた私は、率直に聞きました。よくあんな人達を見つけられますね、と。
すると彼女は、こともなげにこう答えました。
「あたし、人捜しが得意なんです」
それがすべての発端でした。
これは使える――そう思った私は、忘れないうちにノートにメモしておきました。
多くの作家はアイデアノートを作っていると思うのですが、おそらくメモしたアイデアを実際に使うことはどなたにとってもごく稀でしょう。
しかし、このネタを使う日は極めて早くやってきました。具体的に申せば出会いから数ヶ月後です。
人捜し。それこそはハードボイルドの基本に他なりません。
彼女はごく普通の仕事として日夜過去に消えた人を捜しています。そこには血なまぐさい犯罪は出てきません(借金絡みのヤバイ話はよくあるようですが)。
そこで思いつきました。これは本格派のサブジャンルである〈日常の謎〉に対する〈日常のハードボイルド〉と言えるのではないかと。うまくいけば、本格派に対するハードボイルド派からのカウンターになるのではないかと。
担当編集と共に私は改めて彼女に取材させてもらいました。そのとき伺ったお話は、まさに驚きの連続でした。ネタの宝庫と言っても過言ではありません。凄すぎて使えないネタも多数ありました。
取材の後、彼女から条件が出されました。「実在のモデルが分からないようにしてほしい」というものでした。当然理解できることです。彼女はこれからも業界で仕事をしていかなければならないのですから。
もちろんストーリーやキャラクターは取材に基づく私の創作です。しかもモデルが特定されないかどうか、彼女にチェックしてもらっています(ここだけの話、分かる人には一目瞭然でしょうけど)。それでも作中に描かれているヒロインの活躍ぶりや、人捜しのノウハウはほぼ実際の通りです。
本作のヒロイン神部実花は、ごく普通の日常に生きる雑誌の編集者でありながら、モデルとなった彼女同様、タフで熱く、誰よりもハードボイルドです。そこだけは彼女との約束に反して事実のままになってしまいました。
1963年大阪生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。2010年、『機龍警察』で小説家デビュー。2012年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞を受賞。2013年『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞を受賞。2015年、『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)と、驚異的なペースで受賞を重ねている。近著に『黒涙』『水戸黄門 天下の副編集長』『ガンルージュ』などがある。