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  • 佐々涼子さんが語る『紙つなげ!』― あの日の思いを読み継ぐために

    2017年02月13日
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    日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当
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    アフターファイブが勝負

    古幡: 『紙つなげ!』は紙を題材に書かれていますが、『エンジェルフライト』は国際霊柩送還士の話ですね。その前の『駆け込み寺の男 -玄秀盛-』(『駆け込み寺の玄さん』改題)は新宿歌舞伎町の駆け込み寺の話と、どうやってテーマを選んでいらっしゃるのですか。

    駆け込み寺の男
    著者:佐々涼子
    発売日:2016年08月
    発行所:早川書房
    価格:748円(税込)
    ISBNコード:9784150504748

    新宿歌舞伎町で14年間人助けを続けてきた男、玄秀盛。DV、借金、不倫、家庭崩壊、どんな問題も解決してきた男の壮絶な過去とは?

    (ハヤカワ・オンライン『駆け込み寺の男 -玄秀盛-』より)

    佐々: そもそも受け身な感じでノンフィクションライターになったのですが、その頃ちょうど駆け込み寺のメールマガジンを書いていて、1週間に1回、「本当に? 小説じゃないよね?」という話をまとめる仕事をしていました。で、それを読んだ教務の人が、ノンフィクションを書いたらと勧めてくれたんです。
    言われた時は、「無理に決まってるじゃないですか」と答えたのですが、その翌日くらいに、スシローに1人で夕ご飯を食べに行ったんです。そしたらたまたま、爪を真っ赤に染めたケバイ感じのお姉さんと隣り合わせになって。スシローは注文がタッチパネル式で、何を間違えたのかサーモンが4つぐらい彼女の所に来ていたので、「食べてあげるよ」と引き受けたんです。そしたらいきなり、「アタシさー、昨日カレシに雑木林に連れて行かれて、重機で穴掘って埋められちゃったんだよねー。死ぬかと思ったよ」と。
    「ノンフィクションを書け」と言われた直後にそんな人に会って、何かの仕込みかドッキリカメラかと後ろを思わず振り向きました(笑)。これは「書け」という天の声だと『駆け込み寺の玄さん』を開高賞に応募したのが、ノンフィクションライターとしてのキャリアの始まりです。
    その時は落ちて、「もう1回やってみなさい」と言われて、日本語教師の頃から気になっていた「外国で亡くなった人がどうやって日本に帰ってくるのか」をテーマに再度応募したのが『エンジェルフライト』です。その後早川書房さんに『紙つなげ!』を書いてください」と言われて、流れるままに、という感じです。

    ―― まずは現場を見ていろいろな人の話を聞いてから、と石巻工場に行かれたそうですが、実際に行ってみていかがでしたか。

    佐々: そんな流れで生きてきて、会社勤めはしたことがないわけです。日本製紙さんの取材に入るということは企業ものを書くということなので、出来るかなと思いながらの取材でした。
    最初にお話をしてくださったのが、工場内の避難誘導をされた総務課主任の村上さんという方です。避難先の山の上から一旦下りたいという従業員たちを、「一切まかりならん」とその場に留めたことで、当日石巻工場に勤務していた従業員は全員無事でした。その話を聞いた時に、「もうこれは逃げれられないな。書かなくてはいけないな」と背負った感じがありました。覚悟を決めたというか。
    ただ、良いことだけ聞いても企業の広告塔になってしまうので、どうやって人の心を開かせるかというと、やっぱり飲ませてぐでんぐでんにさせる(笑)。東北の人と互角にお酒を飲んで、先に潰れてもらわないと本音を聞き出せない。「飲んでからが勝負」でしたね(笑)。

    古幡: 延べ何日間くらい石巻に入られたのですか。

    佐々: 30日以上ですね。

    古幡: 取材は素面でなさっているんですよね(笑)。

    佐々: もちろんですが、アフターファイブは毎回飲みですね。

    古幡: 素面の取材と飲みながらと、どちらのソースのほうが大きいですか。

    佐々: 技術的な面など素面でないと聞けない部分もありますが、心情的なものはアフターですね。工場の様々な場所に出入りしていると、みなさんが気を許してくれて、いろいろな話が出てくるんです。飲めば飲むほどみなさん会社や工場が好きだという話になる。その思いを実感しました。

    古幡: 私は今日初めて佐々さんにお目にかかったのですが、生死に関わるようなテーマを多く書かれている方なので緊張する反面、ちょっとした期待もあったんです。現場のおじさんたちに溶け込んで、その人たちの心を開いている理由がこの1時間でわかった気がします。
    そういう雰囲気の中で取材されたせいか、書いてあるのは悲劇的なことが多くて何度も泣けるのに、悲しくはないんですよね。前向きなところが伝わってくる。そこが良かったです。

    佐々: 8号抄紙機(震災後、最初に立ち上げられた、出版用紙を製造する巨大マシン)の親分・佐藤憲昭さんの話を聞いていると、「おれはひと話ひと笑いだ」とシビアな話をしてくれた後、最後に笑いを入れてくる。彼の22歳の老犬が亡くなった箇所があるのですが、「犬なのに(名前が)タマ」と、ここは笑うところという感じで振ってくるんです。でも「8号が稼動したときの憲昭さんの顔を見たら、辛かったんだろうなって思ったよ。陰に隠れてくちゃくちゃな顔をして泣いていた」という仲間の話を聞いたりと、取材中は泣き笑いですね。

    古幡: 話を聞いていて、泣いてしまうことはありましたか。

    佐々: ライターは泣いてはいけない仕事なので、取材中は一回も泣きませんでした。本が出来上がったときに御礼に石巻に行って、慰霊碑の前で手を合わせたときに初めて泣きました。号泣しましたね。

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