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〈長岡弘樹さんの『波形の声』文庫版がこのほど発売されました。単行本刊行時(2014年2月)のインタビューを再掲載します。〉
『傍聞き』『教場』で知られるミステリーの名手。そんな長岡弘樹さんの持ち味をたっぷり味わえる、上質な短編集である。
4年2組の中尾文吾が自宅で何者かに襲われた。事件直前に近所の人が耳にした文吾の声から、疑惑の目は補助教員の谷村梢に向けられる。だが真相は……という「波形の声」。ほかに、高校時代のライバルに対抗心を燃やす老境の男性が主人公の「宿敵」、部長昇進のポスト争いに囚われるキャリア女性の心を描いた「黒白の暦」、グアムを舞台に幻の絵画をめぐる誘拐事件の顛末を綴った「ハガニアの霧」など、全7編。「自分にどんなものが書けるのか模索しながら、いろいろなアイディアにチャレンジしました」との言葉通り、年齢や立場さまざまな人間模様を織り込んだ、多彩な物語が並ぶ。
リアルな人間描写によって冒頭から作品世界に一気に引き込まれ、謎が明らかになるラストで思わず胸を衝かれる─―鮮やかなトリックと確かな人間ドラマの両輪が、長岡作品の大きな魅力だ。「人間を描く上で大切にしていること」を著者はこう語る。
「台詞の代わりに、しぐさや小道具で内面を語らせることを心がけています。それが成功すれば、血の通った人間を表現できると」
人間を浮かび上がらせる「小道具」「物」。そこに着目して読むのも、楽しみ方の一つかも知れない。
「意識しているのは映画です。台詞を絵に置き換えて見せていく。映画が好きなことは、少なからず作品に影響しているでしょうね」
一方、ミステリーの「核」となるアイディアは、膨大な時間をかけて練り上げられる。
「本を読んでいておもしろい情報に出会ったり、誰かと会話しているときに驚くような話を聞くと、メモしておきます。しばらく経ってそのメモを目にすると、何かが生まれてくることがあるんです。しかし、それがそのまま小説になるのではなく、自分なりの加工を施していく必要がある。メモを何度も目にしては考えるという作業を繰り返していくわけです。僕の場合、1つの作品が出来上がるまでに10の時間が必要だとすると、そのうち8までは、手を動かさないで腕組みして考えている時間。ひたすら、家の中をぐるぐる歩き回っています(笑)」
本書収録の7編は、2009年から2013年に雑誌掲載されたもの。その1編1編が、そんな過程をたどって生まれてきたのだろう。
「ミステリーを書く醍醐味って、ITエンジニアのそれに似ているのかも。自分が書いたプログラム通りにコンピュータが動いてくれるのは楽しそうですよね。同じように、自分が考えたトリックに驚いてもらえたらうれしい。同時にそれがミステリーを書くことの難しさや苦しさでもあるので、いつも緊張感を持って臨んでいます」
長岡弘樹 Hiroki Nagaoka
1969年山形県生まれ。筑波大学卒。団体職員を経て、2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞。2005年『陽だまりの偽り』で単行本デビュー。2008年「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。2011年に発売された『傍聞き』文庫版がロングセラーとなる。2013年『教場』が「週刊文春ミステリーベスト10」首位、「このミステリーがすごい!」2位に。その他著書に『線の波紋』『群青のタンデム』『教場 2』『赤い刻印』『白衣の嘘』『時が見下ろす町』。
(「新刊展望」2014年4月号「著者とその本」より)