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忙しく動き回る我々にとって、一番ゆっくりできるのが年末年始休暇ではなかろうか。わたしは、この時期に海外ミステリーランキング(様々な媒体で行われているが)で第1位になったものを読むことにしている。今回はいつもより読書の時間がとれるこの時期にお薦めの作品を中心に選んでみた。
2016年4月号の当欄で紹介したアン・レッキーの『叛逆航路』だが(記事はこちら)、『亡霊星域』を経て「叛逆航路」3部作の完結編『星群艦隊』が刊行された。舞台となるのは、遠未来の宇宙。強大な専制国家ラドチは人類宇宙を侵略・併呑して版図を拡大し続けていた。ラドチの戦力の主力は宇宙戦艦隊である。
主人公の“わたし”は、宇宙戦艦のAI人格を数千人の肉体に転写して共有する生体兵器“属体”である。宇宙戦艦のAIだった“わたし”が、裏切りにあい艦を失い、ただ1人の属体となって、ラドチの絶対的支配者アナーンダへ戦いを挑むのだが……。
デビュー作で主なSF賞を総なめにした傑作宇宙SFであり、ミリタリーSFとひと味違う本シリーズ。文中の語りの中で3人称の代名詞がすべて「彼女」となっていて、登場人物の性別が曖昧であることが、“属体”の設定と相まって繊細な世界描写に大きく貢献している。
日本SFの現在をきちんと形にして見せてくれるのが、大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 アステロイド・ツリーの彼方へ』と大森望編『Visions ヴィジョンズ』。前者は2015年日本SF短篇の傑作選で、藤井太洋、森見登美彦、梶尾真治等の作品を収録。後者は、宮部みゆき、宮内悠介、円城塔、神林長平等の書き下ろしを中心に編まれたアンソロジー。
前者には小説誌やテーマ・アンソロジーから採られた作品が収められていて、収録作も多い(20篇収録)ので、バラエティに富んだ作品に触れられる。わたしのベスト3は、林譲治「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」、森見登美彦「聖なる自動販売機の冒険」、藤井太洋「ヴァンテアン」。
後者は、当初は漫画とのコラボレーション企画であったというが、6篇の中・短篇小説とコミック1篇を収録。何れも書き手の個性が充分に発揮された力作と思う。ベスト作は、長谷敏司「震える犬」。アフリカの密林の特別実験地域でAR(拡張現実)を利用したチンパンジーの知能研究をするプロジェクトが描かれるが、高い知能を付加された類人猿から人類自身の本当の姿が逆照射される傑作中編だ。
夢枕獏の『陰陽師 玉兎ノ巻』は、「邪蛇狂い」から「鬼瓢箪」まで9篇を収録。和風ファンタジー小説隆盛の先駆けとなった陰陽師シリーズの第1作が小説誌に掲載されて30周年を迎えた。
本書でも稀代の陰陽師・安倍晴明と雅楽の聖人・源博雅の相棒が物語の中心であることは不変だが、法師陰陽師で野の人・蘆屋道満の存在感が増している1冊である。
西條奈加『刑罰0号』は、日本ファンタジーノベル大賞を『金春屋ゴメス』で受賞し、時代物を中心に活躍する作者の最新作で近未来SF。
殺人事件の被害者の記憶を取り出し再構成したものを、殺人事件の犯人の脳内で再生することでの贖罪と再犯を防ぐという「刑罰0号」プロジェクト。それに関わる人々を連作短篇の形を用いることで様々な視点から描き分け、やがて、すべてが繋がる長篇として結実させる力作。
宮内悠介の『スペース金融道』は、2010年のデビュー以来、SFジャンル内外から高い評価を得る作者がデビュー直後から書き続けているSFコメディ・シリーズ。本書は書き下ろしを含む5篇を収録。金融という、歴史的にも現時点でも複雑怪奇な代物を、未来ならではの舞台装置で幻視させてくれる。いわば未来の「ナニワ金融道」といった味わいが大きな魅力だ。
さて、当欄でSF小説の紹介を長い間担当させていただきましたが、残念ながら「新刊展望」本誌の休刊に伴い終了です。広範な読者にSF小説の魅力を伝える本欄で、完結後に紹介するつもりだった作品もたくさんありました。それらは、また、どこかで。