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美少女仙人とぐうたら青年の冒険譚『僕僕先生』で知られる仁木英之さん。大ヒットシリーズもクライマックスを迎え、2016年11月には2人の“最後の旅”を描いた『神仙の告白 僕僕先生 ―旅路の果てに―』が発売されています。古代ファンタジーから現代小説まで幅広い作風で人気を集める仁木さんの、「心を整える」本とは。
小説家になる、とあなたの息子が、娘が、奥さまが、ご主人が言い出したらどうしますか? 恐らく、この文章をお読みの皆さんは、どちらかといえば文芸をはじめとする書籍に近い方々であることでしょう。そうかそうか存分におやりなさい、と背中を押して下さる方も多いかもしれません。一方で、内情を知っているからこそ、ちょっと待て考え直せ、と制止する方もいらっしゃるでしょう。
私が小説家として仕事を始めてから丸10年になりました。投稿を始めた12、3年前のことを思い出すと、特に根拠なく前向きだったような覚えがあります。何かに取りつかれたように書きまくって、賞を争っているのが楽しかった。プロになれたらいいな、とは仄かに夢見ていましたが、周囲も私自身も、まさか本当に職業作家になれるとは思わなかった。
まあ何とかなるやろ、で作家10年、専業になって8年。奥さんももらって子供も2人もうけて、あんたやっていけるんですか。厳しい厳しい年々落ちますわ、と繰り返しているうちに本当に落ちて布団から出られなくなった時期もありました。でも、そのうち「何とかなるやろ」とまた布団からのそのそ這い出して物語を吐き出し、皆さまのご機嫌を伺い続けているわけです。
心配性でびびりの自分が、何とかなるやろで乗り切ってきたのは何故なのか。『脳科学は人格を変えられるか?』(エレーヌ・フォックス著、森内薫訳/文藝春秋)では、人のポジティブさ、ネガティブさに関わる考察や実験が詳細に記されています。やはりといいますか、楽観的で前向きである方が何かと人生は明るいものになる。しかし、悲観的になる心だって生き物として必要である。楽観的であれば文字通り楽しいけれど、悲観してしまうことは決して悲しむべきことではないのだ、と。
なるほどなるほど、これは何やらもうちょっと深く突っ込んで考えねばならぬと『唯識の思想』(横山紘一/講談社学術文庫)に手を出してみますと、最後はもう色即是空なのですよ。難しくてよくわかりませんが、何とかなるやろの境地もあながち間違ってないのかな、とフットーした頭で己を納得させるわけであります。煩悩や所知の障りを超えたところに悟りの境地はあり、それは人として目指すべきところなのかもしれませんが、日々のよしなしごとで浮いたり沈んだりを繰り返している凡夫にはなかなか難しい。
何にせよ、自由業はサッカー選手のベストセラーではありませんが心を整えなければ仕事になりません。整えよと命じて整ったら誰も苦労しないわけで、結局は独自の整え方を模索することになります。私の場合、心にまだ余力のあるうちは「一人落ち込み法」というのを使います。これは、という俊英の小説を読んで落ち込むのです。嗚呼、こんな天才と同じ世界で戦うなんて俺のバカバカ、そんなことできるわけないだろ、とひとしきり悶えると、不思議なことにあの「何とかなるやろ」が頭をもたげてくるのです。ここ最近では『ギリギリ』(原田ひ香/KADOKAWA)で大いに落ち込んでおりました。言葉から文章からにじみ出てくる匂いと気配がもうほんと、たまらんですよ。作風は違いますが、宮下奈都さんを初めて読んだ時の衝撃に近かったです。そして、あまりに落ち込み過ぎて戻ってこれなくなった時には『あなたの感情たちのトリセツ』(講談社編/講談社)を読んで、インサイド・ヘッドを慰め、また「何とかなるやろ」と歩き出すのでありました。
仁木英之 Hideyuki Niki
1973年、大阪生まれ。信州大学人文学部に入学後、北京に留学。2年間を海外で過ごす。2006年『夕陽の梨 ‐五代英雄伝‐』で第12回「歴史群像大賞」最優秀賞を、また同年『僕僕先生』で第18回「日本ファンタジーノベル大賞」大賞をそれぞれ受賞しデビュー。幅広い年齢層に支持が広がる「僕僕先生」シリーズのほか、「千里伝」シリーズ、「くるすの残光」シリーズ、「魔神航路」シリーズなど人気作品群が続々刊行中。
【仁木英之さんの最新刊】
(「新刊展望」2017年1月号より転載)