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自身が原作の「世界から猫が消えたなら」をはじめ、2016年も「君の名は。」「怒り」「何者」とヒットを飛ばし続ける映画プロデューサー・川村元気さん。2年ぶりとなる最新小説『四月になれば彼女は』は、著者自身が男女について問い続けた恋愛小説です。刊行にあわせ、川村さんにエッセイを寄せていただきました。
恋愛小説を書こうと思ったら、周りの人が誰も恋愛していなかった。
独身の男女は好きになる相手がいないと嘆き、結婚した夫婦は愛が情に変わるもんだと説く。でもその一方で、誰もが10代の頃の恋を瑞々しく語ってくれた。胸が苦しくなるくらい好きだった人のこと、嫉妬に苦しんで眠れなかった夜のこと、失恋で吐くぐらい泣いた日のことを。
それから僕は、100人を超える男女に恋愛について問い続けた。あの頃の気持ちはいったいどこに消えたのか? なぜそうなってしまったのか? これから愛はどこに向かうのか?
話を聞くたびに、現代における愛の多様さ、その残酷さに驚き打ちひしがれた。分かり合いたいけれども、分かり合えない。ふたりでいるのに孤独を感じる。一度は同じ思いを共有した恋人たちも、やがて避けがたく気持ちが離れていく。
そんなある日、ひとりの精神科医に出会った。彼は毎日、仕事として患者のメンタルの問題、恋愛の問題と向き合い、治療をしている。けれども家に帰ると、自分の妻と深刻な家庭内別居になっている。
「プロとして、自分の問題を解決できないのですか?」僕は訊ねた。
「僕ら精神科医は、他人の問題には寄り添えるんです」彼は答えた。「でもなかなか、自分の問題には直面できない」
「それは精神科医に限ったことではないと思います」気づくと僕は彼に伝えていた。「僕らみんなが、あなたと同じなんです」
果たして、本作の主人公は精神科医となった。停滞していた物語の構想が一気に動き出した。彼は1年後に結婚を控え、恋人と同棲をしている。結婚の準備はすべて順調に進んでいた。ただひとつ、2年間セックスレスであるということを除いては。そこに、はじめて付き合った彼女から9年ぶりに手紙が届く。天空の鏡・ボリビアのウユニ湖から届いた手紙には、恋の瑞々しいはじまりとともに、2人が付き合っていた頃の記憶が綴られていた。ある事件をきっかけに別れてしまった彼女は、なぜ今になって手紙を書いてきたのか。失った恋に翻弄される、12カ月がはじまる―。
恋愛を書きながら、やはり人間を書いているのだと思った。恋愛感情の前では人間は悲しいくらい生身にされてしまう。自分の今の感情、過去の感情に引き裂かれそうになりながら書き続けた。愛している、愛されている。そのことを確認したいと切実に願う。けれどなぜ、恋も愛も、やがては過ぎ去っていってしまうのか。サイモン・アンド・ガーファンクルの名曲『四月になれば彼女は』が、頭のなかでずっとリフレインしていた。
今まで恋愛小説というのは当然ながら「男女が恋愛をすること」が前提となっていたように思う。けれども僕が書いたのは「恋愛がなくなった世界」で、それを求めてもがく男女の物語だった。でも僕は、それこそが美しいと思った。絶望の果てまで行った先に見えたかすかな“光”とともにラストシーンを書き終えた時、僕が問い続けていた答えの欠片が見えた気がした。それを力の限り書き付け、ここに“今様の恋愛小説”として届けたいと思う。
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川村元気 Genki Kawamura
1979年、横浜生まれ。映画プロデューサーとして『君の名は。』『怒り』などを製作。小説に『世界から猫が消えたなら』『億男』、その他の共著に絵本『ティニー ふうせんいぬのものがたり』や対話集『仕事。』がある。
(「新刊展望」2016年12月号より転載)