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  • 新直木賞作家・荻原浩さんインタビュー:受賞第一作『ストロベリーライフ』は甘くて酸っぱい苺味

    2016年10月17日
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    日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当 猪越
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    『海の見える理髪店』は人間関係に流れる時間を書こうとした作品。「人間関係の中で一番濃いのが親子や夫婦であり、その関係も時代や時間によって変わるのではないか。その時間の流れと、良くも悪くも訪れる変化を書こうと思ったのが表題作。同じテーマのもとに主人公が女性だったら、中年男性だったらどうかと書いていくと自然に親や子、妻の話が出てくる。

    今回の『ストロベリーライフ』もまずは農業のことを書こうとしたもの。そこには代々の土地を守ってきた親がいて、主人公にも奥さんや子どもがいて、さてどうしようと。僕の作品は家族小説、仕事小説といっていただくことが多々あるのですが、すべての人に少なくとも親がいて、大人だったらたいてい仕事を持っている。人間について書こうとすれば、どこかで仕事の小説になり、家族の小説になるのかなと思います」

    農業といえば毎日自然と向き合い、コツコツと作物の世話を重ね、知識も技術も必要。収穫の終わりは来シーズンの始まりであり、作業に終わりはない。それでも地道な日々の中、「農業なんて」と思っていた大人たちは、自分なりの「夢」を農園に描き始める。

    「地道なことをやっているけれど、やはりそこにはそれぞれの夢があって、それを達成できるのはうれしいこと。『ストロベリーライフ』でいえば、僕は農業を勝手に〈汚い〉〈かっこ悪い〉〈儲からない〉と書いてしまいましたが、実際にそういう面はある。

    農業は共販制度が基本なので、たいがい作物を農協の出荷所に持って行って同じ値段で買い取ってもらう。そうではなくて、自分が作ったものをオリジナルブランドとして〈値段は高いですが、いいものですよ〉と売り込んでいく。そのためには、まずパッケージから個性的でほかとは違うものにしていく必要がある。もしくはお客さんに来てもらって、自分が作ったものを目の前で食べてもらう。そうすると客商売でもあるのだから、自分たちの身なりやハウスも、お客さんの来る場所としてきれいにしなきゃいけない。僕は垣間見てきただけだけれど、外国人が日本を見てちょっとおかしいよと思うみたいに、素人だからふと思いついたり気づいたりすることがあるんです。どこまで正しいかはわからないけれど、そのことを書いてみようと。〈じゃあ自分がやれよ〉と言われるかもしれないけれど、将来もしかしたらこのくらいならできるかもしれない、という可能性も含めて書いてみました」

    それはつまり、荻原さんが将来、農業との兼業作家になる可能性が!?

    「いまは家の庭ですが、将来どこかに土地を借りて、もう少し大々的にやってみたいなという気持ちがあったんです。今回実際の農家を見ているうちに、あまりに大変なのでどんどん気持ちがしぼんできて(笑)。でもこういう小説を書いた以上いつかはやらないと、と思っています」

     

    読み比べを楽しんで

    そんな並々ならぬ農業への思いが込められた本作。

    「国産の安全できれいな野菜を食べるというのはどういうことなのか。そもそも〈野菜は安い方がいい〉〈虫食いは嫌だ〉〈無農薬で安全なものがいい〉といったって、それはないものねだり。無農薬は基本的にはありえないし、科学的な薬品を使わないと大きく育たないし、高くておいしくない。それはわかって食べてねという気持ちです。僕がそんなことを気負ってもしょうがないんだけれど、多少は知ってしまっている人間としてそういう思いもあります」

    それは苺をはじめとする農作物の「味」の表現にも表れている。苺だけでなく、きゅうりや梨などしたたるような採れたてのおいしさと、そのものの味を存分に楽しむ「ちょっとしたコツ」など、垂涎ものの描写が満載だ。

    「そこは意識しています。恵介さんがその味を作物で伝えたように、僕はそれを文章でどう伝えたらいいのかと手を替え品を替え書いています。

    苺狩りに行くと、みんな数を食べた方が得だと思うのか小さいのを選びますが、大きい方が甘くて味も良い。大きさだけでなくいろいろと見極めるポイントがあるみたいで、取材でプロが選んでくれたものは、どこに行っても本当においしかった。連載中は、苺のシーズンには家でも毎日何らかの種類を買ってきて食べ比べをしていました」

    直木賞の贈呈式では「受賞作だけでなく、冠がないものでもスポットライトを向けていただければありがたい」とあいさつした荻原さん。選評でも言及された圧倒的な読み心地の良さをはじめ、生きることの痛みと温かみをすくいとった本作は、まさに荻原作品の魅力が凝縮された一冊。

    「賞をいただいたのはありがたいですが、(これまで書いてきた)それぞれの作品は内容もテーマも主人公も違う。読まれる方にとっては好き好きあるだろうし、自分でもこれはちょっとマニアックかな、こっちのほうがいろいろな人に読まれやすいかなと感じることはあります。それでも無理やり『ストロベリーライフ』の内容にくっつけるとしたら、自分の中では同じように丹精こめた作品。〈おススメは?〉と聞かれて〈全部おススメ〉と偉そうに答える鮨屋の大将と同じかも(笑)」

    ユーモア、SF、ミステリー、ファンタジーなど幅広いテイストを使いこなす荻原さんだが、今作は「甘くて酸っぱい苺味」。その瑞々しく豊かな味わいをぜひご賞味あれ。

    (2016.9.15)


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    荻原浩 Hiroshi Ogiwara
    1956年、埼玉県生まれ。成城大学経済学部卒。広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターに。1997年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞、2014年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞、2016年『海の見える理髪店』で直木賞を受賞。他の作品に『砂の王国』『愛しの座敷わらし』『冷蔵庫を抱きしめて』など多数。

    海の見える理髪店
    著者:荻原浩
    発売日:2016年03月
    発行所:集英社
    価格:1,540円(税込)
    ISBNコード:9784087716535
    明日の記憶
    著者:荻原浩
    発売日:2007年11月
    発行所:光文社
    価格:681円(税込)
    ISBNコード:9784334743314
    花のさくら通り
    著者:荻原浩
    発売日:2015年09月
    発行所:集英社
    価格:902円(税込)
    ISBNコード:9784087453577

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    (「新刊展望」2016年11月号より転載)

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