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  • 主人公は東京會舘!?辻村深月さん初の歴史小説『東京會舘とわたし』

    2016年08月29日
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    日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当
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    場所の力と筆の力で

    ―舞台は同じでも、十章はそれぞれ物語の趣きが異なります。

    何章が好きかというのが読む人によって違うようなのでうれしいです。私は、戦時中19歳の時に結婚式を挙げた方の体験を元にした、第三章の「灯火管制の下で」がこの小説のハイライトだと思っていました。書き終えた時に「終わった」という達成感があったのですが、いま思うとまったくの前半なんですよね(笑)。

    ―このお話は前半の大きな山場であり、全体の骨格にもつながる大事な章ですね。

    このお話もいまは90歳を超えた実在の方に取材させていただきました。式を終えて灯りが消えた真っ暗な夜の丸の内を前にしたときに、当日ずっと介添えをしてくれた方が「きっとお幸せになってくださいね」と手を握ってくださったと書いてあるお手紙を読んで、このお話を絶対書きたいと思ったんです。第二章から(昭和34年の皇太子殿下御成婚にあたり、美智子様の美容担当を拝命した)3代目の遠藤波津子さんを登場させていて、その介添えの方はおそらく遠藤さんではないだろうけれど、遠藤さんとして小説を書かせてもらおうと考えていました。取材のときにその方に「遠藤波津子美容室の方だったと思うんですけれど」と聞いたら「そうそう遠藤さん」と言われて、その女性が遠藤さんご本人だったことがわかりました。その事実を取材の時に初めて知って、この小説は絶対にいいものになると、自分の力ではないところで確信が持てたんです。

    東京會舘のお客様たちは本当に會舘が大好きなので、「サンデー毎日」の連載時から読んでくださっている方が多かったんです。感想を聞いた會舘の方たちが、その声を私に教えてくださる。

    第五章「幸せな味の記憶」の“お土産用箱菓子の製造”という事業の話では、社史などを見ると最初はやはり職人のこだわりがあって、事業部がお願いしてもなかなか作ってもらえなかったそうです。

    当時の事業部長が田中康二さんという方でお名前もそのまま使わせていただいたのですが、この話が掲載されたときに古くからのお客様が「私、田中さんが大好きだったのよ。現場からのたたき上げで副社長にまでなった初めての人だから、本当に気さくで気取らない人だった」と言われたと聞いて、ゲラを直すときにそのことを入れています。そういう形で実在する方やその人たちを覚えている方たちが連載中に聞かせてくださったお話が、本になる時に跳ね返ってきている部分もあります。

    今回の構想は私が頭の中だけで考えたものは一つもなくて、資料を読んだりお話を聞いたりする中で、一つ一つ何かはじけるような瞬間が必ずあって、それが重なり合ってできあがっています。

    もちろん私の筆のオリジナルな部分も大きいので、お話を聞かせてくださった方がお気を悪くなさらないといいなと思ったのですが、ご家族で楽しんでいるというお手紙をいただいてうれしかったですし、東京會舘に限らず思い出の場所は誰にもあるはず。この小説を読むことによって、自分にとってはあのレストランが家族の場所だったなと、読者それぞれの思い出と共鳴する形で読んでもらえたら幸せです。

    ―東京會舘はまさに大正から平成にかけての、東京の歴史を象徴する場所といえますね。

    東京會舘という名前からして素敵で、この建物が見てきた東京の歴史が名前に表れていると思うんです。みんなが共通して見てきたオリンピックの空気や、本場のフランス料理の味はもちろん、家族みんなでの外食がまだ限られた楽しみだった時期を経て今がある。そういう歴史は遠いものではなく現代に続く話であり、近代の小説を読んでいると、自分が体験していなくても懐かしい気持ちになってもらえるのではないでしょうか。

    歴史小説は書く私にもそうでしたが、読み慣れていない方にも同じようにプレッシャーがあるかもしれません。特に若い読者は知らない時代の話に飛び込めるかなと思うかもしれませんが、この小説は現代に地続きな感情を追いかけようと書きました。いままで歴史小説を読んだことがない人にも、マイルドな入門編として楽しんでいただけたらうれしいです。

    (2016.7.11)


    辻村深月さん02

    辻村深月 Mizuki Tsujimura
    1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。2011年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、2012年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。ほかの著書に『ぼくのメジャースプーン』『ふちなしのかがみ』『オーダーメイド殺人クラブ』『水底フェスタ』『島はぼくらと』『盲目的な恋と友情』『ハケンアニメ!』『朝が来る』などがある。

    ツナグ
    著者:辻村深月
    発売日:2012年09月
    発行所:新潮社
    価格:737円(税込)
    ISBNコード:9784101388816
    鍵のない夢を見る
    著者:辻村深月
    発売日:2015年07月
    発行所:文藝春秋
    価格:660円(税込)
    ISBNコード:9784167903985
    本日は大安なり
    著者:辻村深月
    発売日:2014年01月
    発行所:KADOKAWA
    価格:704円(税込)
    ISBNコード:9784041011829
    朝が来る
    著者:辻村深月
    発売日:2015年06月
    発行所:文藝春秋
    価格:1,650円(税込)
    ISBNコード:9784163902739

    (「新刊展望」2016年9月号より転載)

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