• fluct

  • 片足を失ったハイジャンパー…絶望から立ち上がる熱すぎる物語『アンダードッグ』

    2022年12月25日
    楽しむ
    嶋津善之:講談社コミックプラス
    Pocket

    アンダードッグ 1
    著者:冨田望
    発売日:2022年11月
    発行所:講談社
    価格:726円(税込)
    ISBNコード:9784065294277

     

    弱者って立ち位置、拒否らせていただきます!

    この漫画のタイトルになっている「アンダードッグ」とは、勝ち目のない人やチーム、人生における敗残者、または弱者という意味です。
    弱者、上等じゃないですか! 物語はいつだって、弱者のそばに寄り添い、語られるもの。ですが、『アンダードッグ』という作品は、「うまい/へた」とか、「勝ち/負け」といった物差しにより計られる「弱者」を描いていません。
    主人公は、心を病んだエンジニアと右片膝離断(右脚の膝から下がない)のパラアスリート。つまり、世間から勝手に「弱者ということにされてしまった人たち」を描いているのです。当然のことながら「障がい者=弱者」ではありません。障がい者を同情と憐れみをもって見たり、視界の外に追いやる人たちから、あてがわれた「弱者」の立ち位置を拒否し、「ふざけんじゃねぇ!」と中指を立てる! 熱い、熱い、熱すぎる人々の物語です。

    主人公は宇佐美徳久、26歳にして無職。顔の傷が生々しいが、それ以上に目つきが悪い……。さらにうつ病による障害者手帳を持つ。


    宇佐美の父親。くわえタバコで、このセリフ。「毒親」確定の一言。

    宇佐美は、親の虐待から逃れ(その事実の断片は描かれるが、その経緯はまだ明らかにされていない。気になる!)、婦人警官の叔母家族のもとで育ちます。彼は義肢装具士になる夢を抱き、大学に進学。在学中には、下腿切断の世界的ハイジャンパーの義足エンジニアを務めた経歴を持っています。卒業後、世間体を重視する父親のゴリ押しで有名企業に就職しますが、ブラックな労働環境に心を病んでしまい退職。親しい人間とも連絡を絶ち、泥水をすする日々を送っています。

    そんな26歳にして、人生の袋小路に迷い込んだ宇佐美にさす一筋の光。それが、もうひとりの主人公・氷室楓です。

    彼女は宇佐美の従妹で、彼を虐待から救った叔母夫婦の娘。高校生の彼女は、ハイジャンパーとして目覚ましい記録を持っていて、名門大学への進学も決まり順風満帆。
    しかし、そんな楓もまた暗い影を背負っています。彼女が6歳のとき、母が病気で体が不自由になり死去(この出来事は、宇佐美が義肢装具士を志すきっかけに)。その後、宇佐美は楓の食事を作り、勉強を教えるなど、面倒を見続けます。それは宇佐美にとって、世話になった叔母への恩返しでしたが、やがて楓の存在こそが自分を支える心の杖になっていくのです。

    そして強い心の絆で結ばれたふたりは、親類縁者を超えたものになっていくのですが……!

    飲酒運転のトラックが歩道に突っ込む事故に巻き込まれ、楓は右足を切断。

    絶望する楓に、宇佐美は全身全霊で語りかけます。自分が心を病んでいること。無職であること。世間から見放された存在であること……。そして同時に、彼がたったひとつ持っている技術で、再び楓を走り、跳ばせてやると約束するのです。

    と、ここまでが第1話! この作品の熱量、おわかりいただけたでしょうか!

     

    生きるという選択を決断するとき

    ちなみに、義肢装具士になるには国家資格が必要で、「医師の指示の下に、義肢及び装具の装着部位の採型、並びに義肢及び装具の製作、及び身体への適合を行うことを業とする者」と規定されています。
    義肢という繊細なものづくりを行う技術力はもちろん、患者ひとりひとりの要望をすくい上げる対人スキルや、医学知識を要求される大変なお仕事で、全国に5000人程度しかいません。その多くが義肢装具の製作会社か医療機関に勤めているので、宇佐美のような義肢製作者は極めて珍しい存在……、というか「本当に義足を作れるのか?」って状態なのですが、そこに手を差し伸べる人たちが現れます。

    まずは楓の父、氷室満。宇佐美に大金を託し、健康まで気づかう懐(ふところ)の深さを持つ「ザ・できる大人」。
    そして、大学時代の仲間たちも協力してくれます。
    宇佐美は、「自分はどうなってもいい。ただ楓を走り、跳ばすのだ」と義足製作にのめり込みますが、状況はすぐに行き詰まります。彼らはそんな宇佐美を押しとどめ、厳しくもこう告げるのです。

    「削れて無ぅなるような希望だけは手伝えん」。なんと思いのこもった言葉! 宇佐美がどんなに優れた義足を作ったとしても、それで宇佐美が壊れてしまっては、楓は報われない。それを悟った宇佐美は、自分の呪わしき過去を受け入れ、今のあるがままをさらし、生きる決断をするのです。

    (目つきは相変わらず悪いけど)生きることにした宇佐美。義足製作を再開し、楓の卒業式に間に合わせるのですが、この卒業式のシーンが秀逸です。卒業証書を受け取るには、壇上まで5段の階段を登らなければいけません。まだ義足をつけ始めて間もない楓が、手すりもない階段を生徒父兄の視線を一斉に浴びながら登るのです。

    何物にも頼らず階段を登る、見よ、この晴れやかな顔! ここからがすべての始まり! これから待ち受ける目もくらむような数の階段を、宇佐美と楓は登っていくのだと思うと胸アツです。さらに……

    なんだか、すっごい腹筋バキバキの楓のライバルっぽいの現れるし……。
    宇佐美のうつ病がぶり返したり、過去の闇が心を蝕(むしば)んだり……。
    とにかく、沸点と氷点をガッツンガッツン行き来する物語。読み逃しなく!

    (レビュアー:嶋津善之)


    ※本記事は、講談社コミックプラスに2022年12月18日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




    タグ
    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下

  • GoogleAd:007

  • ページの先頭に戻る