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不知火判事の「他に類を見ない質問」が、ありふれた5つの事件の、意外な真実を暴き出す。
作家の進化をリアルタイムで目撃するのは、読者の大きな喜びである。一例を挙げれば昨年から今年にかけての矢樹純だ。2020年に短篇集『夫の骨』『妻は忘れない』で大きく注目(『夫の骨』収録の表題作は、第73回日本推理作家協会賞短編部門を受賞)された作者は、21年の『マザー・マーダー』で、趣向を凝らした連作に挑戦。さらに今年の7月には、書き下ろし長篇『残星を抱く』を刊行した。このように見れば明らかなように、新たなチャレンジをしながら、順調に進化しているのだ。
そして本書である。5つの作品を収録した連作集だ。作者のチャレンジは、ふたつある。ひとつは各話の冒頭が、後の裁判の被告人の視点で始まることだ。
と書くと、冒頭を犯人の視点にして犯行を描く、倒叙ミステリーだと思われるだろう。実際、第1章「二人分の殺意」は、倒叙ミステリーといっていい。毒母によって幼い頃から妹の面倒をみさせられ、まともな社会生活を送れなかった汐美という女性が、母親を殺す場面から始まる。
それが終わると場面が変わり、裁判を取材するライターの湯川和花の視点でストーリーが進行する。明々白々な事件と思いながら裁判を傍聴する和花だが、左陪席の裁判官・不知火春希判事の「他に類を見ない質問」により、意外な真実が明らかになっていく。
各話とも、このパターンを踏襲している。なかでは第3章「燃えさしの花」が、意外性の連続で大いに驚いた。本書のベストだろう。後の被告人視点の冒頭も、多様な活かし方をしている。単なる倒叙物にしなかったところに、意欲的な作者の姿勢を見ることができるのだ。
さらに、傍聴マニアの2人組の使い方も巧み。第1章では、2人組の会話により、事件の要点を読者に分かりやすく伝えると共に、不知火判事への期待を高めていくのだ。ストレスなく読ませるための技術も、高レベルなのである。また話が進むごとに、和花と2人組が仲良くなっていくのが愉快であった。
そしてラストの第5章「書けなかった名前」で、和花自身が4年前の事件の関係者として、法廷に立つことになる。裁判の取材を通じて、ライターとして成長してきた和花が、どう不知火判事と向き合うのか。事件の真相を推理し、法廷で披露する和花だが……。ここから先は読んでのお楽しみ。ただ、ミステリーの技巧と作者の進化を、あらためて感じたとだけいっておく。
「小説推理」(双葉社)2022年12月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載
『不知火判事の比類なき被告人質問』を読んだ元裁判官・八代英輝さんの絶賛コメントはこちら