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ミステリー作家・辻堂ゆめさんの「人生を変えた出来事」

10月19日に、デビュー7年目にして20作目となる『君といた日の続き』が発売された辻堂ゆめさん。『君といた日の続き』は、デビュー作『いなくなった私へ』のような非現実的な設定で書かれた原点回帰の小説でありながら、同時代のトップランナーとして邁進してきた辻堂さんの“挑戦作”でもあります。

今回は、そんなミステリー作家・辻堂ゆめが生まれるきっかけとなった“出会い”について綴っていただきました。

辻堂ゆめ
つじどう・ゆめ。1992年生まれ。神奈川県藤沢市辻堂出身。東京大学法学部卒業。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、2015年に『いなくなった私へ』でデビュー。2022年、『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞受賞。『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補。ほかに『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『僕と彼女の左手』『二重らせんのスイッチ』などがある。

 

ミステリ片手に14時間

人生を変える出来事だった。

時は2009年2月。成田空港の、たぶん第一ターミナルに私はいた。同行者は、母と、中国人の親友の2人。

どういう状況かというと、神奈川の県立高校に編入するための面接を受けるべく、当時父の仕事の都合で居住していたアメリカから、短期間の一時帰国をしていたのである。4年間の海外生活、その終わりが目前に迫った高校1年生の冬。せっかくの機会だからと、アメリカの学校で仲のよかった中国人の親友も一緒に日本に連れてきて、渋谷・原宿、浅草、東京タワーなどの観光を目いっぱい楽しんだ。その帰りの飛行機に乗るため、1週間ぶりに成田空港を訪れていたのだ。

搭乗開始前、母と親友と3人で空港内をぶらぶら歩いていると、書店の前を通りかかった。一緒にいた中国人の親友には悪いが、日本語が英語の数百倍好きで、小説を読むのが一番の趣味という私にとって、日本の書店というのは大変に魅力的な空間だ。そのときも、気がつけば自然と身体が引き寄せられていた。

そんな私に、母が声をかけてきた。「これから14時間も飛行機に乗るわけだし、暇つぶしのための本を1冊買ってきていいよ」。母が財布から取り出した千円札を受け取り、私は嬉々として書店に入った。

新品の本が売られている書店で、自分一人で選んだ本を買う─―実をいうと、ほとんど初めての体験だった。読書量が多かったこともあり、普段は図書館や学校図書室のヘビーユーザー。お小遣いはあるにはあったが、アメリカ滞在中に日本の本を入手するルートは限られていて、自ら書店に行って選ぶ機会は皆無だった。だからこそ、心が浮き立ったのである。

空港内の書店だから、店内はさほど広くない。平積みされた小説を、ワクワクしながら眺め─候補はすぐに決まった。『告白』というタイトルの本。著者は大型新人だという「湊かなえ」さん。一際堆く積まれていて、「衝撃!」だとか何とか、そんな刺激的な文字の踊るPOPが飾られている。どう見ても面白そうだ。これにしよう! でも困った、定価が1,400円+税。握りしめている千円札では全然足りない。

急いで書店を飛び出して母のもとに戻り、追加のお金を要求した。「えー、ハードカバー?」と母は眉を寄せている。普段なら交渉不成立だったかもしれないが、そのときの母は渋々、千円札をもう1枚渡してくれた。国際線に乗る直前、という非日常的な状況が、財布の紐を緩めてくれたのかもしれない。

念願叶って、希望どおりの本を無事に手に入れた。内容については語るまい。フライト中の暇つぶしのために買ったのに、離陸して2時間後にはラストまで読み終えてしまっていた。そして残りの12時間、頭を金槌で殴られたような衝撃の余韻に浸り続けた。

ミステリーって、こんなにすごい読み物だったのか。ストーリー展開を楽しむだけじゃない。こんなに大きな驚きをも、読者に与えられるのだ。

ニューヨークの空港に降り立ったときには、すでに心が決まっていた。これからはミステリーをたくさん読もう。そして書こう。純文学だとかSFだとか、いろいろ趣味で書いてみたことはあったけれど、今後は絶対に、ミステリー一択だ!

と、人知れず息巻いたものの、高校2年生の4月から日本の公立高校に編入すると、大学受験の準備などで一気に忙しくなり、小説をなかなか読めないし書けもしない、非常にもどかしい日々が続いた。それでも、あの日覚えた感動は薄れることなく、大学卒業間際にミステリーの新人賞で小説家デビューするに至った。

あの日、あの場所にある書店で、あの本に出会ったからこそ、私は今の私になった。本気で、そう思っている。

 

著者の最新刊

君といた日の続き
著者:辻堂ゆめ
発売日:2022年10月
発行所:新潮社
価格:1,760円(税込)
ISBNコード:9784103547914

コロナ禍のリモートワークを言い訳に自宅に引きこもるばかりのある日、僕はずぶ濡れの女の子を拾った。1980年代からタイムスリップしてきたらしい彼女は、僕の大切な人の命を奪った連続少女誘拐事件に関係しているのか……。その時の僕は、全ての過去の意味を知るよしもなかった。その答えは、今の僕が持っていたんだ。

〈新潮社公式サイト『君といた日の続き』より〉