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  • 「性」「欲望」「癖」「生きづらさ」――『ブルーピリオド』作者の原点が垣間見える『山口つばさ短編集 ヌードモデル』

    2022年09月17日
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    中野亜希:講談社コミックプラス
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    山口つばさ短編集 ヌードモデル
    著者:山口つばさ
    発売日:2022年08月
    発行所:講談社
    価格:748円(税込)
    ISBNコード:9784065287873

    『山口つばさ短編集 ヌードモデル』は、超人気作『ブルーピリオド』の山口つばさ先生による、初の短編集だ。単行本未収録のデビュー作、最新の読み切りを含む3編が収録されている。『ブルーピリオド』の原点が垣間見えたかと思えば、まったく別の表現が心をざわつかせ、短い物語に気づけば引き込まれている。

     

    俺 描かれんのって嫌いじゃないな

    表題作「ヌードモデル」は、美術に打ち込む女子・夏目と、彼女を落とすためにヌードモデルを志望する不良の百瀬の交流を描く。
    金欠の不良・百瀬は、仲間との賭けに負け、罰ゲームをやらされることに。

    彼らの騒ぎをよそに教科書に目を落とす女子は“夏目”。美大合格を目指す彼女は、授業の時間も惜しんで絵を描く。

    いわゆる“陽キャ”の百瀬だが、なにかと夏目にちょっかいを出さずにいられない。

    そんな百瀬に、仲間が課した罰ゲームは「3日以内に夏目とヤること」。できなければ根性焼きだ。百瀬は夏目のアトリエ代わりのアパートに押し掛け、機会を狙う。

    地味な夏目なんてすぐに落とせる。そう、2人きりで、裸になれば……。

    しかし、夏目の集中力は「描くこと」だけに注がれ、エロい空気は微塵もない。
    穴が開くほど見つめられ、描かれるのは怖い気もするけど、嫌いじゃない。そう感じるも、焦りを捨てきれない百瀬は……。

    この後の展開を読むたびに、顔を覆って叫びたくなる。「見てていいのか……?」と震えてしまう。

    「チャラい男子がひたむきに夢を追う地味な女子に惹かれていく」。あらすじはこうだが、本作の描かれ方はそれよりずっと生々しくて背徳的、くらくらするほど性的だ。
    大人の男の色気とは真逆の、細くて植物のような百瀬の裸には見てはいけないようなエロさがあるし、

    地味で能面のようだと描写される夏目も、視線の動かし方や首の角度、何気なく座るたたずまいに不思議と色気を感じる。この作品がデビュー作だと聞いたが、人の体に宿る色気をシンプルな線ににじませるのが実にうまいな、と思う。

    悪ふざけから始まったヌードモデルの思いがけずストイックな様子と、それが決壊する瞬間の湿った熱に圧倒される。それでいて、さっと光が射すようなラストは意外なほどにさわやかだ。

     

    なんで女って勿体ぶるんだろうなあ?

    『おんなのこ』の主人公・男子高校生の矢田は、かわいらしい見た目に反して口が悪く、女子に対しては特に辛辣だ。

    彼にかかれば巨乳の同級生・朝比奈は「先生とエンコーしてそうなイモ女」で、モテモテ女子・姫野さんは「ビッチ」だ。
    矢田には秘密の遊びがある。女のふりをして思いきりエロく喘ぐ自分の声をボイスレコーダーに録音するのだ。

    あまりのエロさにその声は瞬く間に拡散するが、声の主に気づく者はいなかった。声フェチのイケメン同級生・桃井君を除いては。

    男に欲情されてもうれしくないが、承認欲求は満たされるし、悪い気はしない。

    胸がでかいだけの女より、俺のほうが可愛い。俺が女ならもっとうまくやるね。そううそぶく矢田は、思わぬ事態に巻き込まれ……。

    ろくに経験もないのに女子を格付けし、「毒舌」という名の暴言を吐いてばかりの矢田の傲慢な自意識が叩き折られる。その1ページを境に世界が反転し、言葉にならないクソデカ感情に翻弄される矢田はかわいそうだが、少しだけいい気味でもある。自分がターゲットにされて初めてわかることもあるのだ。

     

    失血死とバンパイアなんて相性よすぎますからね

    ラストを飾るのは、「癖全開!」と拍手したくなる前後編・「神屋」だ。

    この町では時折、血を抜かれた変死体があがる。
    主人公・タナカは医学部に首席で入学したが、血が大の苦手。ゆえに現場では役に立たず、町医者で雑用係に甘んじている。ある日、届け物に訪れたクラブ「神屋」で、人違いから人気キャストの「ヨハン」と出会う。

    ヨハンの人間離れした美しさと、隅々まで神経の行き届いた接客は、タナカを「客」としてからめとるには十分だった。
    血への恐怖を克服したタナカは、仕事まで順調に。代金が血なのはネックだが、無理のない範囲で神屋に通えれば。そう考えたタナカはある計画を立てるが……。

    「水商売にうっかりハマる人」の心理と、ホラーとエロスがうまくかみ合うと、こんな結末に着地するのか……と、読後はしばし呆然としてしまう。

    バンパイアが出てくるマンガは多々あるが、その設定をここまでうまく使って倒錯した性癖を、しかもホラーテイストで描いたものを他に知らない。ラストシーン、ある人物の顔をよく見てほしい。鳥肌が立ち、もう一度最初から読み返したくなるだろう。

    『ブルーピリオド』が、アートに打ち込む若者の「青春と、連鎖する苦悩の物語」をまぶしく描くシングル曲だとしたら、本書は「山口つばさのB面」的な楽しみ方ができるアルバム曲のようだ。「性」「欲望」「癖」「生きづらさ」を、短編ならではのエッジのきいた世界観とともに堪能させてくれる、贅沢な短編集だ。

     

    (レビュアー:中野亜希)


    ※本記事は、講談社コミックプラスに2022年9月10日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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