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  • 「フェルマーの最終定理」に貢献した男装の数学者、ソフィー・ジェルマンの物語。『天球のハルモニア』

    2022年08月06日
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    中野亜希:講談社コミックプラス
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    天球のハルモニア 1
    著者:光城ノマメ しまな央
    発売日:2022年07月
    発行所:講談社
    価格:748円(税込)
    ISBNコード:9784065285077

     

    夢中になれる出会いがしたい

    一生夢中になれる何かと出会った人は、最強だ。『天球のハルモニア』はフランスの男装の数学者、ソフィー・ジェルマンの物語。「フェルマーの最終定理」に貢献しながら、知らない人は知らない彼女の人生をモデルに、大志を抱く少女が進む夢の軌跡を描いていく。

    18世紀末のパリ。布地店の娘・12歳のソフィーを寝ても覚めても夢中にさせるのは「数学」!


    朝起きたら着替えもせずに、屋上で数式を書き殴る。自分を探す神父さまに謝るより先に、頭に浮かぶ数学的なひらめきを語らずにはいられない。

    日常のちょっとした謎が数学でパーッと解ける瞬間がとにかく楽しいんだろうなあ、と感じさせるこの笑顔がかわいい。

    しかし、こんなにも幸せそうなソフィーを「夢中になれるものがあってよかったね!」で済ませてくれないのが18世紀のパリだ。

    結婚の役に立たない数学など娘には必要ない、とソフィーの父は考える。当時の「女性の幸せ」とは「素敵な男性に見初(みそ)められて結婚すること」。憧れの数学者・アルキメデスのような「夢中になれる出会い(※恋愛ではない)」を夢見るソフィーを応援するなんてもってのほかだし、ソフィーの姉でさえこの反応だ。

    これはジェルマン家特有のジェンダー観ではない。とにかく、女性の生き方は一つだけだと、当時は固く信じられていたのだ。

    父は、ソフィーを心配するあまり、「礼儀作法の勉強」として彼女を夜会に連れていくことにするが……。

     

    小さな数学者さん

    夜会はソフィーにとって退屈そのもの。うろうろしていると、カードゲームに興じる大人たちが目に留まる。

    男装の女性の美しくも真剣な勝負姿に目を奪われ、かぶりつきでゲームを見つめるソフィー。しかし、その女性が勝てたのは最初だけ。

    こんなすごい偶然、ある? イカサマを疑うソフィー。しかし、ここでもまた「女」で「子ども」の言うことなんてあてにならないと恫喝(どうかつ)され、逃げ出してしまう。そんなソフィーを引き留めた男装の女性は言うのだ。

    ソフィーが信じること、それは「数学は、正しく、素敵で、美しい……!」

    その気持ちのままに、ソフィーはイカサマの仕組みを鮮(あざ)やかに証明する。あれほど「役に立たない」と言われていた数学で人の役に立ち、感謝される日が来るなんて……!

    作法を学ぶどころか、「小さな数学者さん」と呼ばれて夢心地のソフィーだが、怒った父は彼女の筆記用具を取り上げ、寝室に閉じ込めてしまう。ブランケットの中で震えながらも、ソフィーが思い出すのは夜会での興奮。あんな風にまた、「謎」が解けたら……!

    父を怒らせても、反対されても、それでも、わたしは、数学をやりたい!

    この熱い気持ちが、父の心も、彼女の未来も、力強く動かしていくのだった。

     

    俺には「夢中」がないから

    親しい友達もおらず、日曜学校くらいにしか顔をださないソフィーを「ガリ勉女」と呼び、何かと構わずにはいられない男子がいる。

    彼の名前は「テオ」。意地悪そうに見えて、ソフィーのことが気になって仕方ないのと、育ちの良さを隠し切れていないのがなんともかわいい。

    ソフィーが凹む顔を見たくて意地悪を言ってみたり、それにも動じないソフィーに「女が学ぶこと」の困難を突き付けてみたり。

    こんなテオにもまた、人には見せない思いがあった。

    男子は「学び」に何の邪魔も入らないのに、打ち込めるものがないのだ。絵画も馬術も金細工も、何ひとつ続かない。

    かといって、ソフィーのように父を尊敬することもできないテオは、親が進路を勝手に決めることに反発を覚える。
    彼のソフィーに対する態度の理由が、なんとなくわかる気がしてくる。しかし、親にゴリ押しされたその学校は、ソフィーが行きたいと願う場所でもあって……。

    一方、進学を諦められないソフィーは、テオのからかいをヒントにこんなことを言い出す。その発想は(当時の人には)なかった……! これから繰り広げられる「ソフィーの物語」をのちに伝えるあだ名が生まれた瞬間だ。

     

    夢への軌跡を目撃せよ!

    困難をものともせず、目を輝かせて夢に突き進むソフィーがまぶしい。幾度となく「女性の幸せ」「女のくせに」といったセリフが登場しても嫌な気持ちにならないのは、ソフィーのポジティブさとひたむきさのおかげだ。父やテオはもちろん、読者もまた彼女を応援したくなってしまうに違いない。

    また、物語が動くときはソフィーの数学的なひらめきがカギとなる。数学の知識は物語に溶け込み、「学習マンガ」ではなく「エンタメ」として楽しく読める。ラグランジュなど、実在の数学者や、ソフィーを「小さな数学者さん」と呼んだあの「彼女」との今後も気になるところだ。
    引き続き、ソフィーとテオの「夢の軌跡」を、かぶりつきで見ていたい。

    (レビュアー:中野亜希)


    ※本記事は、講談社コミックプラスに2022年7月31日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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