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  • お互いを大切に思い続ける幼馴染同士。しかし加害者家族と被害者家族になってしまい…『有賀リエ連作集[工場夜景]』

    2022年08月06日
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    花森リド:講談社コミックプラス
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    有賀リエ連作集 工場夜景
    著者:有賀リエ
    発売日:2022年06月
    発行所:講談社
    価格:715円(税込)
    ISBNコード:9784065278536

     

    自分たちさえ変わらなければ

    この数週間、信号を待つほんの2~30秒のあいだ、ふと『有賀リエ連作集[工場夜景]』の貴臣(たかおみ)と碧(あお)のことを考えている。信号が青に変われば再び自分の現実に戻るのだけど、それでも車の往来や街の明かりの先に2人が生きているような気がしてしょうがない。不思議な温度を持った作品だ。読んだあともずっと熱と冷気の両方が胸に残っている。

    この漫画が放つ温度の正体はなんなのだろう。幼なじみの2人が恋をしてお互いをずっと大切に思い続ける物語だ。少女漫画で繰り返し読んできた、私の大好きなタイプのお話。でもまさかこんな形で味わうことになるなんて。

    LEDで丁寧に飾られたイルミネーションじゃないのになぜか美しい工場夜景。貴臣と碧は夏休みに2人だけで工場夜景を見に行こうと約束する。でも、2人を取り巻く世界は本人達の知らないところで変わってしまう。

    これは「自分たちさえ変わらなければ」と「世界が変わってしまう」が重なり合う物語だ。

    世界はこんなふうに突然変わる。

    デート当日のはずなのに恐ろしく不穏なページ……碧がめいっぱい可愛らしいので余計にハラハラする。そして、碧が貴臣のもとへ向かおうとしたその瞬間、碧の自宅に警察がやって来て、碧の目の前で父親にこう告げる。

    この瞬間だけでも嫌悪感がすさまじいのに、壊れたのは碧の世界だけではない。

    碧の父親が起こした事件の被害者は貴臣の家族だった。

     

    加害者と被害者の壁

    頭を抱えたくなるような展開はまだ続く。事件が発覚したあとも貴臣は碧と今までどおりでいたいと願うのだ。親の罪を子どもが背負うなんておかしい、碧のやったことじゃない、そう言葉と態度で示そうとする。でも、今まで通りの世界は待っていない。

    17歳の2人がどんなに「自分たちさえ変わらなければ」と願って動いたって、その世界から切り離されて生きていくことはできないのだ。この無念さが淡々と描かれる。

    被害者の家族としての貴臣と、

    加害者の家族としての碧。2人を知る人たちには、貴臣と碧の関係がこんなふうに見える。

    あんなことがあったのに、どうしてあの2人は一緒にいるの? おかしいんじゃないの? ……こうして工場夜景を一緒に見に行こうと約束していた頃とはまったく違う関係に変えられてしまう。2人はお互いを守ろうとがんばったのに、だ。やがて碧は学校や街から姿を消す。

     

    何十年たっても消えないもの

    2人の物語は17歳から25歳に移る。事件のあった街から遠く離れた東京で2人は再会するのだ。

    変わってない……! でも、あの世界もまだ続いている。本作は2人きりのラブストーリーに閉じていない。加害者の家族と被害者の家族の物語でもある。ちょっとした会話や仕草が痛くてしょうがない。しかもやり場のないタイプの痛みだ。

    幼なじみの2人が恋をしてお互いをずっと大切に思い続けるって、こんなにむずかしいことだったっけ? ここで私は「ああこれは現実だ」と思い出すのだ。このラブストーリーの世界は私が暮らす現実と同じ。時間が流れて、社会があって、無数の他人と大切な人が同時進行で息をしている。だから私の頭の隅に貴臣と碧がずっといる。

    25歳の貴臣と碧に何度も「もういいじゃない」と思うのに、その数秒後には必ず「もういい、って何?」と胸が冷たくなる。事実をきれいにカットして生きていくなんてできない。だって現実だから。教室と夏休みがずっと続く夢物語じゃない。

    そして現実は2人をまだ放っておいてはくれない。もういい加減にしてよと思う事件が起こる。お互いを大切にしたいだけなのに。

    さあ困った。この逃げ場のない現実感、どうしようか。

    途方に暮れる私にこの漫画はもうひとつ大切な現実を教えてくれる。かつて工場夜景を見に行こうと約束した貴臣と碧は、もう17歳じゃなくて25歳の大人として社会で生きているという点だ。時間は事実を洗ってはくれないし答えもヒントも教えてくれないけれど17歳の子どもが成長することを止めはしない。すがるように結末を追ってしまう美しいラブストーリーだった。

     

    (レビュアー:花森リド)


    ※本記事は、講談社コミックプラスに2022年7月30日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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