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  • 日本のART&EATを伝える凸凹記者コンビの愉快なお仕事小説が誕生!|一色さゆり『ジャポニスム謎調査』

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    2022年07月17日
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    双葉文庫編集部
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    今目の前にあるものの背後にある、人間と時間の厚みに触れること


    アートの値段はどう付けられるのか――美術業界の裏側を綴った『神の値段』(『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞)でデビューし、香港中文大学大学院美術研究科修了という経歴を活かしたアートミステリーを数多く手がけてきた、一色さゆり。最新作『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』(双葉文庫)は、カバーイラストからも明らかなとおり、凸凹コンビの掛け合いがなんとも楽しい1冊だ。ただし、物語に込められたアートとカルチャーにまつわるメッセージは深い。

    日陽新聞東京本社の文化部で働く山田文明は、自分と同じ「文芸アート」担当になった新人・雨柳円花のことが気になっている。なんなら、気に入らない。今年で30歳になる自分よりも4歳年下だが、タメ口で呼び捨てしてくるのだ。円花の祖父は高明な文化人で、コネ入社の噂もある。アート情報を発信する個人SNSが人気だというが、社会人としてはなってない。と思っていたら、上司命令で円花が発案した連載のサポートに付くことになってしまう。山田自身はこれまで一度も、連載企画にゴーサインをもらったことがなかったにもかかわらず。

    コンビを組まされた連載のタイトルが、「ジャポニスム謎調査」だ。〈日本にはさまざまな素晴らしい土着文化が存在します。なかには一般的によく知られていない謎多きものや、あっと驚くミステリアスな魅力を持つものもあります。本連載では担当者が日本各地に足を運び、そこに根づく文化を守る職人やその技術を取材することで、日本文化の新たな一面を読者に紹介します〉(円花の企画書より)。第1章に当たる「第1回 硯 SUZURI」で取り上げたのは、宮崎県石巻市雄勝町で生産されている、雄勝硯。山田は当初、「硯なんて地味だし、使ってるのは習字をする人ぐらいだろう」と思っていたが、現地で工房を営む硯職人から話を聞くと……硯に対する印象がガラッと変わる。頼りないと思っていた、パートナーに対する印象も。円花は以前から硯職人と顔見知りで、生産される硯の魅力はもちろん、震災後もこの地で活動する当人の思いを、深く理解していた。

    〈月並みの記者なら、震災の時期だという理由で話を聞きにいって、その場限りで関係は終わってしまう。でも2人は興味関心を共有する者同士、深いところで尊敬し合っていることが分かる。しかもその関係性を持続させているのは、職人を応援したいという円花の強い熱意だ。そんな信頼を築ける記者は、さほど多くない。少なくとも自分は違った〉

    その感慨を得た状態で再び硯を目にしたところ、山田の中にあっと驚く「見立て」が現れる、という展開が心地いい。門外漢だからといって常時伝えられる側にいるのではなく、時に伝える側にも回れる彼の能力が、取材現場での議論を盛り上げるのだ。その後も、大津絵、(夏目)漱石、灯台、円空……。アートやカルチャーにまつわる知らないことを知る純粋な楽しさ、知っているつもりでいたけれど知らなかったことを知る驚きが、次々に訪れる。

    ちなみに、取材の前に現地で腹ごしらえするのが円花流だ。地元ならではのご当地ごはんが毎回フィーチャーされているのは、新聞の文化部の男女コンビと聞いて誰もがパッと思い浮かべる『美味しんぼ』の「日本全県味巡り」へのオマージュだろうか。はたまた、著者自身が食いしん坊だからか。いや、食にもその土地のカルチャーが反映されているからだ。コロナ禍でまだまだ自由な移動がしづらく感じられるこのご時世、自分たちの代わりに日本全国を旅してくれる2人の存在は頼もしい。

    物語の後半、日陽新聞に買収騒動が持ち上がり、文化部不要論が勃発する。2人の連載は、今という時代が分かるニュースでもなければ、おトクな経済情報を伝えるものでもない。ならば不要か? いや、資本主義的な価値に還元されないからこそ、存在意義がある。

    2人の記事は──ひいてはこの小説は、読者に何を伝えているのか。アートやカルチャーが今目の前にあるということは、誕生から今に至る時間の中で、受け継ごうとしてきた人々の営みがあったということだ。今目の前にあるものの背後にある、人間と時間の厚みに触れることで、率直に感動するとともに、現実に対する不安を少し和らげることができる。「これまで続いてきた」という現実は、「これからも続いていく」という希望を抱かせてくれるからだ。大丈夫、何があってもこの世界はきっとこれからも続いていく、と。

    不安を掻き立てるニュースばかりが耳に入ってくる日常の中で、アートやカルチャーは確かに「不急」ではないのかもしれない。しかし、「不要」の烙印を押すことは間違っている。「必要」だ。

    読むと勇気が出る、元気が出るとは、こういう小説のことを指すのだと思う。

    ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ
    著者:一色さゆり
    発売日:2022年06月
    発行所:双葉社
    価格:770円(税込)
    ISBNコード:9784575525779

    双葉社文芸総合サイト「COLROFUL」2022年7月7日公開「ブックレビュー
    」より転載(レビュアー:吉田大助)




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