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  • 大人たちの狂気渦巻く底なしの闇から少年は抜け出せるのか 『夏が破れる』新庄耕インタビュー

    2022年05月20日
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    ほんのひきだし編集部 猪越
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    前作『地面師たち』が「第23回大藪春彦賞」候補作に選ばれるなど、注目を集めた新庄耕さん。デビュー以来、ネットワークビジネスやブラック企業、タイの裏街道などを舞台に、人間や社会の闇をリアルな筆致で描写してきました。

    4月25日に発売された『夏が破れる』の舞台は沖縄の離島。大人たちの狂気と欲望にさらされ、絶望的な状況に陥っていく15歳の少年の成長を描いています。

    著者自身も「追い詰められた」というほどの緊迫感あふれる作品はどのようにして生まれたのか、新庄さんにお話を伺いました。

    新庄 耕
    しんじょう・こう。東京都出身、慶應義塾大学環境情報学部卒業。東京在住。2012年「狭小邸宅」で第36回すばる文学賞を受賞しデビュー。『地面師たち』は2020年の第23回大藪春彦賞にノミネートされるなど、大きな話題を呼んだ。他の著書に『ニューカルマ』『サーラレーオ』などがある。

    夏が破れる
    著者:新庄耕
    発売日:2022年04月
    発行所:小学館
    価格:1,650円(税込)
    ISBNコード:9784093866439

    いじめをきっかけに不登校となっていた中学生の進は、親の勧めで夏の2ヶ月を沖縄の離島で過ごすことになった。美しい海の前に建つ豪奢な家で、つかの間心を癒す進だったが、日々課される「修練」の過酷さは徐々にエスカレートしていく。夜中に聞こえる不可解な悲鳴、儀式に使われたかのような部屋、消えた少女、豚小屋で異臭を放つ肉片。進は命がけの脱走を図るが……。

    〈小学館公式サイト『夏が破れる』より〉

     

    青春群像劇を書くつもりが狂気渦巻くサスペンス・スリラーに

    ――本作はいじめによって不登校になり、沖縄の小さな島に「離島留学」に来た少年が、凄惨な事件に巻き込まれていくひと夏を描いたサスペンスです。あとがきには「当初の構想では、青春群像劇を描く予定だった」と書かれています。それがなぜ、このような手に汗握るスリラーな展開になったのでしょう。

    それは僕も知りたいところです(笑)。以前から『セカチュー(世界の中心で、愛をさけぶ)』のような爽やかな物語のほうが売れるのだろうなと思っていまして。そういう小説は書いたことがなかったので、当初はその方向で構想を練っていました。しかし、担当編集者とやりとりを重ねるうちに、僕の強みを活かせるほうがいいのではないかという話になり、気がついたらこういう小説になりました。

    ――具体的な着想のきっかけとなったのは、どのようなところですか?

    作中に信介という男が出てきますが、彼のモデルともいえる人物がいます。何度か会ったことのある人物で一見人当たりはいいのですが、彼の民宿では学生アルバイトをかなりブラックな形でこき使っていました。

    スイッチが入るとキレて怒りだすなど、言動もちょっとおかしいなと感じていて。後日どういう人なのかとインターネットで検索してみると、数々のトラブルを起こして村八分的な扱いになっていることが書かれていたんです。そんな環境に少年を一人で放り込んだらスリリングな展開になるのではないかと思い、ストーリーを膨らませていきました。

    ――信介は、進が離島留学のプログラムで滞在する施設「ラビットベース」の責任者ですね。中学で悪質ないじめに遭い不登校になった進は15歳という多感な時期の少年ですが、彼のキャラクターはどのように設定されたのですか?

    確かにその年頃は、筋肉が付き始めて体がいろいろと変化してくるし、性を覚えていく年齢でもあります。僕自身の青春も何をしても中途半端な暗たんとしたものでしたし、当時はちょうど神戸連続児童殺傷事件があり、「キレる10代」などとニュース番組で頻繁に特集が組まれているような風潮がありました。そういったイメージも念頭にあったので、進には若き新庄も投影されていると言えるかもしれません。優柔不断なところはそっくりです(笑)。

    離島留学については、取材をしたわけではなく架空の設定で書いています。小さな島だと交通手段が船しかなく、クローズドな環境だと特殊なコミュニティも存在するでしょう。物語の仕掛けとしてもおもしろいし、独特な空気感が出せるのではないかと思いました。

     

    小説にしかできない表現で、沖縄の夏と人間臭さを描く

    ――ラビットベースの閉鎖環境や南国ならではの雰囲気をはじめ、日差しや匂い、手触りといった五感から進の第六感といえるものまで、作品世界を体感するように読み進めました。迫りくる狂気にぞわぞわするようなシーンも非常にリアルでしたが、そういった表現はどのように生み出されるのですか?

    舞台が夏の沖縄ですからね。暑さや匂いなど、いろいろな感覚を通して沖縄の夏を感じていただけるような描写を心がけました。教室の風景など自分の見たものがベースになっているところもありますが、ラビットベースのシーンなどはひたすら妄想するしかなかったですね。

    映像が見えるような描写も意識しましたけれど、一方でこれは映像にはできないだろう、小説でしか表現できないようなものを書いてやろうという野心もありました。

    特に豚が出てくるシーンに反応してくださる方が多いのですが、執筆中はコロナ下で動物園も制限があって入れず、自宅にある豚毛のブラシやミミガーで感触を確かめて書いていました。

    ――進が世話を命じられて、やがて彼の心の支えとなるのが施設で飼われている4頭の豚ですね。生き物の世話や生活を整えること、ロープの使い方から少年では法に触れてしまうようなことまで、信介は修練と称して進に強要していきますが、一方でそれが生きる力につながっている部分もあると感じました。

    修練と言えば聞こえはいいですが、進にとっては理不尽で、ひたすら嫌なことでしかない。信介はやたら偉そうですし、強権的なやり方で進を酷使します。進からしてみれば許せない存在であると同時に、濃密な時間を共有した、乗り越えるべき相手でもあります。

    何より進が過酷な状況から逃げ出すのではなく踏みとどまることで、登場人物たちの人間臭さが出てくるのではないかということも意識していました。

    ――しかし、信介の暴走は止まるところを知らず、進は自分を守るためについに動き出します。ラビットベースに隠された秘密など衝撃的な展開が待ち受けますが、ラストはどの程度決めていたのですか?

    ある程度決めてはいましたけれど、連載中は最後まで行ってみないとわからない……という中で書き進めていきました。その分、自分でもどこにたどり着くのかわからない楽しさがありましたね。

     

    タイトルに込めた、幾重にも重なる意味

    ――「WEBきらら」での連載時は「破夏(はげ)」というタイトルだったそうですね。

    「破夏」というのは、夏の間一か所にこもって修行をする「夏安居」中に、禁を破って外出するという仏教用語だそうです。

    主人公がまず、いじめに遭って学校から抜け出す。次に不登校になって、引きこもっていた家から抜け出す。そして島に行ってそこから抜け出すといういくつもの意味が重なるので、本作にぴったりだと、わりと最初のうちから考えていました。

    ――もともと「破夏」という言葉はご存じだったのですか?

    いま手を付けている作品にタイの原始仏教をテーマにしたものがあって、いろいろ調べている中で知った言葉です。

    ――新庄さんにはバンコクを舞台にした『サーラレーオ』という作品がありますが、本書も大人になった進が外交使節団の職員としてタイに赴任するシーンから幕を開けます。タイとはどのような関りがあるのですか?

    タイに仲のいい友人がいて、新型コロナの感染拡大前はよく行っていました。彼はタイのコミュニティに深く関わっていて、いわゆるディープな情報も入ってくるので小説の題材にしやすいのです。

    本作の冒頭は、単行本で加筆したシーンになります。話に奥行きを持たせるために、進が大人になったシーンを入れたらいいのではないかと編集部からアドバイスを受けまして。現在の進の苦しみや過去につながるエピソードなどを匂わせることで、よりエンターテインメント感のある導入になったのではないかと気に入っています。

    ――本書には、信介のほかにも一見魅力的な妻の優子や施設を訪れる初老の男など、それぞれ闇を抱えた大人たちが登場します。新庄さんは実体験として出会ってきた人たちの断片を、キャラクター造形に活かされることが多いそうですね。そういった特徴ある人たちと知り合う機会が多いのでしょうか。

    特別多いということではないと思います。皆さん出会っているのでしょうが、僕はそういう場合、わりと逃げずに観察します。

    社会で生きている限りは何もかも自由にはならないですし、合わない人とも仕事などで付き合わざるをえないときもありますよね。誰もが大なり小なり我慢したり衝突したりしながら、さまざまな壁を乗り越えていく。その当時は苦しくても、後から振り返ると「生きている」と実感できる経験になっていて、そういうものを小説に書きたくなってしまうんです。

    世の中には変わった人もいるし、ときに信じられない人もいますけれど、それと同じぐらい信頼に足る人もいる。物語の中でそういったバランスは取りたいと思いましたし、進自身がまずは自分を信用して強くなっていくプロセスが書けたらいいなと思っていました。

    ――本作も生きるということ、またそのやるせなさについても考えさせられる作品となっていますが、執筆中は体調を崩されたこともあったそうですね。

    終盤は喉に膿が溜まって入院することになってしまったのですが、謎の熱が出たり、もともと皮膚が弱くて発疹が出たり、うなされたり。そういう状態が長く続きました。

    毎月来る締め切りからは逃れられないですし、展開もはっきりとは決まっていなかったので、朝が来るとまた信介とやりあわないといけない。進とともに、信介とがっぷり四つで向き合った1年間でした。

    ――そこまでの熱量を込めて、新庄さんが作品で伝えたいこととは。

    小説は、読むことで世界が違って見えてくることがあります。僕自身、作品を通してみると世界はこんなにも美しく、カッコよく見えるのかと、現実との見え方や捉え方の違いに救われてきました。

    僕は吉村昭さんの小説が好きなんですけれども、どの時代の作品を読んでも鮮明な絵が浮かんできて圧倒され、心を動かされます。『夏が破れる』でもその世界観を通して現実を見たときに、もしかしたら肩の荷が下りたり、淡々としていた日々が刺激的に感じられたりするかもしれない。小説を読むことの楽しみとして、少しでもそういった体験を読者の方に提供できれば報われる気がします。




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