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奇兵隊士になった貧農の3男。蝦夷地まで戦い抜いた幕臣。明治の世で、ふたりの人生が絡まり合う。
ミステリーの趣向を盛り込んだ、渾身の歴史小説だ。
近代史を背景にしたミステリーで知られる岡田秀文は、一方で優れた歴史小説を幾つも上梓している。最新刊となる本書は、そのふたつのジャンルを巧みに融合させた作品といえるだろう。
物語は全3章で構成されている。第1章「奇兵隊の終曲」の主人公は、長州萩近くにある貧農の3男坊の卓介だ。家族や村人に疎まれ、牛馬より劣る暮らしをしている卓介。同じような立場のおと松と益三を連れて、高杉晋作が作った奇兵隊に加わる。惨めな境遇から抜け出すためだ。下関戦争では惨敗したものの、各地の戦場の最前線で戦う卓介は、しだいに認められていく。養子の口のある益三が奇兵隊を抜け、銃の才能のあったおと松は戦死。激動の時代を生き残った卓介は、明治の世になると最下級の役人として山口本庁に勤めるようになる。しかし明治4年に山口県の初代県令になったのが、元幕臣の中野梧一であった。かつての敵が山口の県令であることが許せない卓介は、梧一の命を狙うのだった。
下関戦争から始まり、常に最前線で血にまみれながら戦い続けた卓介の半生は、地べたから見た維新史とでもいうべきものである。勝者の側でありながら、身分ゆえに報われない点まで含めて、重い読みごたえがあった。しかも第1章のラストには、強い衝撃が待ち構えていた。
続く第2章「幕臣の終曲」は、幕臣の斎藤辰吉が主人公。鳥羽伏見の戦いで敗走した彼は、彰義隊には加わらなかったが、榎本武揚率いる蝦夷地での戦いに参加。箱館で新政府軍に囚われた後は、新たな時代での生き方を模索する。なるほど、卓介とは立場の違う主人公を設定し、時代を多角的に描いているのかと思っていたら、いきなり両方の章がリンク。これにより一段と物語が加速し、第3章に突入するのである。
そして第3章「裏切りの終曲」なのだが、あまり詳しく内容を書くわけにはいかない。なぜならミステリーの趣向が濃厚だからだ。第2章の後半で、大阪財界の重鎮である藤田伝三郎が登場したので、きっと有名な藤田組贋札事件が出てくると思ったが、このような使い方をするのかと感心した。史実を巧みに利用しつつ、卓介と辰吉の人生を歪に絡ませたストーリーから、時代に翻弄されながら自分の生きる意味を求めた人間の姿が浮かび上がる。歴史小説ファンにもミステリー・ファンにもお薦めしたい、渾身の1冊なのだ。
「小説推理」(双葉社)2022年5月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載
『維新の終曲』の著者・岡田秀文さんのインタビュー記事はこちら