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養護施設で暮らし、青春を謳歌する高校生の少女の日常。
素直に「いい大人になりたい」「いい大人でありたい」、そう思わせてくれる眩しい成長物語。
なんて愛おしい青春小説だろう。
朝比奈あすかの新作『ななみの海』の主人公は、高校2年生の岡部ななみ。彼女は「寮」と呼ばれている、児童養護施設で暮らしている。学校ではダンス部の仲間と楽しく過ごしつつ放課後は学費を貯めるためにアルバイトに精を出し、寮では年下の子たちの面倒を見つつ、大学進学を目指して勉学に励んでいる。充実した日々を送っているようではあるが、高校の友人たちに保護者を亡くして寮で暮らしていることを言えずにいたり、寮の人間関係に悩んだり職員たちとの間に距離を感じて寂しくなったり、費用面から絶対浪人が許されないという受験のプレッシャーに晒されたりと、抱えているものも多い。
自分も含め、児童養護施設での生活を詳しく知らない読者にとっては、そこでのさまざまな決まりごとやシステムについても興味深く読めるだろう。だがもちろん、これは施設での暮らしや、そこで暮らす子どもたちの事情を紹介するための小説ではない。あくまでも、ななみという、個性のある1人の少女の成長物語として読ませるのだ。
素晴らしいのはすべての人物描写について、決してステレオタイプに陥っていない点。ななみという人間が直面する、こうした環境にいるからこその葛藤や悩み、他者の言動への反応などを掘り下げつつも、この世代にとって普遍性のある友人関係の悩みや恋愛への憧れ、大人への反発、自分の身勝手な行動への後悔なども実に活き活きと描かれていく(はじめての恋が実に微笑ましい)。また、彼女だけでなく、周囲の人間たちそれぞれの個性や事情、思いが丁寧に書きこまれ、結果、多くの人が共感を寄せ、かつ、気づきを得る内容となっている。
ななみが友人たちに自分の境遇を言えずにいたのは、同情されたくないからだ。相手の境遇にちゃんと配慮しながら、特別視をしたり同情したりすることなく、対等にフラットに接するとはどういうことか。そんなことを改めて考えた。もちろん接し方に正解はなく、ななみの気持ちが施設で暮らす子たちすべてを代弁しているわけではない。結局は、個々人と誠実に向き合うしかないだろう。だが、「それって難しいことだよな」と怯ませるのではなく、「そうやっていけばいいんだ」と前向きにされてくれる作品だ。
ななみは「いい大人になりたい」と言う。充分大人の自分も、「いい大人であらねば」と、今一度思ったのだった。
「小説推理」(双葉社)2022年4月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載