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  • 「人間の脳をくすぐる映像が撮りたい」配信者が数々の事件を暴くメディアサスペンス『野苺少女殺人事件』

    2022年01月29日
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    中野亜希:講談社コミックプラス
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    野苺少女殺人事件 01
    著者:江口侑輝
    発売日:2021年12月
    発行所:講談社
    価格:726円(税込)
    ISBNコード:9784065261699

    写真は「真を写す」と書くし、動画は「起きたことを空気感まで伝えられる」と思われている。しかし、本当にカメラは真実をすべてとらえるものだろうか。『野苺少女殺人事件』は、バズのためなら手段を選ばない動画配信者と、意識低めの雑誌編集者のいびつなバディが、ある事件の真相に迫る過程を描く。

    漫画編集者を志望し出版社へ就職した溝口は、写真週刊誌編集部へと配属され、仕事に対する意欲を失っていた。
    やる気は出ないし匿名で書いた密告ブログが上司バレするし、職場の居心地は決してよくない。そんな中、溝口はある女に弱みを握られる。

    リフレ嬢に買春を持ちかけた上、彼女に社外秘の仕事のネタをペラペラ話していたところを撮られてしまったのだ。

    しかし、その女が追う本命は溝口ではない。溝口のいた建物の奥にあるビルに、今朝失踪した女子中学生が監禁されている。彼女の狙いはこちらだった。

    スクープ現場の配信にはこだわるが、被害者を助けるのは「私の仕事じゃない」と、通報する気すら見せない。どうにもモラルが欠けていそうな彼女は「ベニ」。

    ベニは週刊誌でも追いきれないような事件の裏側を撮って配信している。その映像の過激さゆえ、頻繁にアカウント凍結されることでも有名だった。編集部で仕事もせず、漫画雑誌を読みふけっていた溝口でも、その名に聞き覚えがあるほどに。

    マスメディアでは扱えない映像を配信したり、その動画を売って稼いでいると言うベニ。この日も、誘拐された少女をもっと近くで撮影したいと溝口にカメラを預けてその場を去る。溝口はファインダーごしに、監禁された少女が襲われるところを目の当たりにする。撮影どころではない。溝口は耐えきれず警察に通報し、少女は保護される。

    そんなありさまなのでろくなものは撮れていないが、手ぶらで帰るわけにも行かないだろう……。今日の一部始終を買い取れと溝口に迫るベニ。

    下世話な週刊誌の仕事など、自分には向いていない。そんな大金を積んでまで、ネタが欲しいわけではない。一度は要求を蹴る溝口だったが、ベニが溝口に見せつけたのは、本人も知らない驚くほどゲスな表情だ。

    「下世話さでは私に負けてないよ」。観念した溝口はベニの要求に応じるのだった。

    ベニから買ったネタが週刊誌の特集を飾り、溝口は上司にはじめて評価される。あの女子中学生失踪こそが、溝口がリフレ嬢に漏らした、まだ世に出ていない「社外秘のネタ」だったのだ。ベニはどうやってネタを集めているのだろう。謎が多く、配信のためなら手段を選ばない彼女に嫌悪感を覚えることもある。

    しかし、溝口は彼女と行動を共にする。あの日以来、溝口の心に、少しだけ仕事への執着心がわいた。ベニにたかられても、あわよくば、またあんなネタを手に入れたいのだ。

    誘拐された少女、

    自殺配信をするアイドル

    構成員と駆け落ちする組長の娘。


    「私は人間の脳をくすぐるような映像を撮りたいの」。どこから集めてくるのか、とびきりセンセーショナルなネタに関わりつづけるベニ。そのやり口にビビりながらも、溝口はベニのネタから目が離せない。ベニの動画の視聴者も溝口も、結局「他人の不幸が見たい」欲望があるのだ。ベニも、当然のようにそれを心得ている。

    そんなベニに翻弄されつつ、溝口も仕事にやりがいを見出し始める。

    しかし、バズる動画が撮れればよくて、ただ過激なネタを求めているだけに見えたベニには、本当の目的があった。ある現場で、「俺たちを裏切ったら殺す」と息巻く被写体に、ベニは答える。

    「野苺少女殺人事件」――それは10年前にベニ自身が遭遇した事件だった。

    「野苺事件」とは? 小さな違和感の正体は?

    1巻時点では、配信者としての有能さが際立つ印象のベニ。「人間の脳をくすぐる映像が撮りたい」だけあって、ベニが扱うネタはどれも刺激的で目を引く。一方、希望の部署に配属されないことでやる気を失っていた溝口は、ベニと行動を共にし、ゲスな自分を自覚することで変化を見せ始める。周りに目を向けることなく、写真週刊誌の仕事は「下世話」「俺には向いてない」と思っていたのに、仕事で収穫を求めるようになり、配信者としてのベニにも興味を持つ。

    溝口でなくともベニの素性は気になる。自分のルックスを売りにしているわけでもないのに、妙に女っぽく露出度も高い。何かの事件に巻き込まれた経験による、怯えのようなものも見られない。カメラは大切にしているようだし、お金もありそうだけど家も車も荒れ放題。なんだかちぐはぐな人物像だ。

    溝口だってそうだ。明らかにうだつの上がらない落ちこぼれなのに、最初からベニのネタにはサッと大金を払う。仕事に熱意を持たない人間の行動としては、ちょっと引っかかるものがある。そしてあの下卑た顔つき。そもそも、溝口とベニの出会いを思い返すと、本命ではないとはいえ、ベニは明らかに溝口を見張っていた。本作のあちこちに小さな違和感があるのだ。
    タイトルでありながら、まだ情報がほぼない「野苺少女殺人事件」と、この違和感がどう絡んでくるのか、まだ予想がつかない。

    また、ベニはバズるネタを優れた嗅覚で追い求めているだけでもなさそうだ。ただ目を引くだけでなく、すべてのネタには共通の背景があるのでは……。そう思わせる瞬間がある。コマのすみずみまで注視して読んでほしい。

    全てはまだ謎だ。「野苺少女殺人事件」と、ベニと溝口のいびつなバディがたどり着くのはどこなのか。考察しながら続きを待ちたい。

    • (レビュアー:中野亜希)


      ※本記事は、講談社コミックプラスに2022年1月16日に掲載されたものです。
      ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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