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貧乏から抜け出したい若者が目指したのは、ベンチャーキャピタリストだった。だが、金があれば幸せなのか。
浜口倫太郎が描く、現代ビジネスの光と影。
ユーチューバー、漫才、米作り、ゲーム、AI、鯨、小学校の閉校……。浜口倫太郎が扱う、小説の題材は幅広い。そんな作者が新たに取り上げた題材が、ベンチャーキャピタリストだ。起業家のスタートアップに、資金を貸す人のことである。
広島の高校に通う関大輔は、剣道で全国大会を狙っていた。また、成績優秀な高橋修一と、プログラミングの得意な三登千奈美と仲がいい。しかし借金を背負った父親が失踪してから、大輔の家は貧乏になり、苦しい生活が続いていた。母親の後押しで大学に行く可能性もあったが、同級生の大石雅敏の嫌がらせによって潰される。父親が一成銀行というメガバンクのお偉いさんである雅敏は、金がないのに大学進学を目指す大輔が気に食わなかったのだ。
そんな雅敏を殴ってしまった大輔は、高校を退学になる。双子の弟妹、洋輔としずくと共に東京に出たが、仕事は肉体労働だ。さらに仕事関係の人から、屈辱的な扱いを受けるが、今田賢飛という男に助けられる。賢飛が『あかぼしキャピタル』の社長で、ベンチャー業界の風雲児だと知った大輔は、彼の弟子となり、ベンチャーキャピタリストを目指すのだった。
冒頭からしばらく、貧乏ゆえに踏みつけられる大輔の人生が描かれる。これが辛い。だが、だからこそ賢飛の薫陶や、『あかぼしキャピタル』の社員の風林凜の説明を得て、大きく飛躍しようとする大輔の行動に心が湧き立つ。そんな大輔のために、修一と千奈美が立ち上がる。AR(拡張現実)を使った、新たな事業に邁進する3人の姿に、ワクワクしてしまうのだ。
その一方で、一成銀行が始めたベンチャーキャピタルの責任者として雅敏が現れる。しつこく大輔に絡む雅敏の妨害工作が、ストーリーをさらに盛り上げるのだ。なお、窮地に陥った大輔たちに協力するのが『シンマイ!』の登場人物だというのは、作者のファンにとって嬉しい驚きである。
さて、このように楽しく読み進めていると、後半でストーリーが、予想外の方向に転がっていく。貧乏から抜け出したい、弟妹たちの将来を豊かなものにしたいと思い、大金を求めてきた大輔。だが金があれば、本当に幸せになれるのか。ミステリー的な意外性も加えながら、作者はこの問題を深く掘り下げていく。本書はエンターテインメント作品であるが、その根底には真摯なテーマが横たわっている。そこに作品の魅力があるのだ。
「小説推理」(双葉社)2022年1月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載