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SF研究家・文芸評論家の牧眞司さんが“SF夏の時代”を彩る必読100作を徹底ガイドした『JUST IN SF』。刊行にあわせ、牧さんにいま注目の3作家の作品を中心にご紹介いただきました。
これが2010年代のSFだ!
“SF夏の時代”を彩る必読100作を徹底ガイド。一目でわかるジャンルマーク&次に読む本、詳細な著者情報付き!
ぼくたちは、AIが囲碁のトップ棋士に勝つ時代に生きています。小説を書くAIもすでに一歩を踏みだしました。また、自宅で気軽にショッピングができ、観たい映画を簡単に観ることができ、そうした消費行動や嗜好がデータとして集積・分析されてもいます。
医療分野では臓器再生や遺伝子治療が注目を浴び、生命倫理の基準があらためて問われています。変わりゆく時代のなかで人間が自由であること、人間らしくあることは、どういうことでしょう? じつはテクノロジーは私たちにとって環境であり、そうした環境はインターネットやバイオサイエンスの登場よりはるか以前、それこそ人間が言葉を使うようになったときにはじまっています。SFはそれを主題化します。
……と、いきなりマジメな話をしてしまいましたが、SFは特殊な文芸ではなく、じつはぼくたちにとって身近なテーマを扱っているのです。舞台が太陽系外の惑星であったり遠い未来であったり、現実ばなれしたタイムマシンや異星人が登場しても、芯にあるのは普遍的な問題や感情なのです。
たとえば、宮内悠介『エクソダス症候群』(東京創元社)は、多剤大量処方が功を奏しあらゆる精神疾患が滅びつつある地球で、かえって自殺率が高まってしまう。それと対照的に、植民地の火星では幻覚をともなう強い脱出衝動の精神疾患が急増する。表面的には医療サスペンスと読める作品ですが、社会構造・文化と人間精神のぬきさしならぬ関係に光を当てます。
長谷敏司『BEATLESS』(KADOKAWA)は、少女型戦闘ロボットを扱った現代アニメ風の鮮やかなイメージのなか、恋愛の意味をラディカルに追究します。私たちは相手の心を直接知ることはできませんが、心の働きを信じて愛します。それと同じ関係が築けるのなら、相手が人間でなくても恋愛は成立するでしょうか。
藤井太洋『オービタル・クラウド』(ハヤカワ文庫JA)は、衛星軌道上に仕掛けられた周到なテロ計画に、市井の天才たちが国境をまたいで協同し手持ちの技術を駆使して対抗します。テロを仕掛ける側も狂信者でなく、結末で新しい文化発展のありようが展望されるところが出色です。
上で紹介した3人に共通するのは、過去のSFの伝統を熟知しながらそれに束縛されず、独自のテーマや表現へ向かっている点です。彼らは「SFらしいSF」を書こうとしているのではなく、自らにとって切実な問題を扱ううえでSFのアイデアや構図を選んでいます。SFの領域は大きく豊かに広がっており、一様ではありません。まず取っかかりとして大森望・日下三蔵編の「年刊日本SF傑作選」(創元SF文庫、最新刊は『折り紙衛星の伝説』)を読み、収録のうちで気になった作家をチェックしてみてはいかがでしょうか?
牧眞司 Shinji Maki
1959年、東京都生まれ。東京理科大学工学部卒。SF研究家・文芸評論家。著書に『世界文学ワンダーランド』ほか、訳書にマイク・アシュリー『SF雑誌の歴史』、編書に『ルーティーン篠田節子SF短篇ベスト』『柴野拓美SF評論集理性と自走性―黎明より』『サンリオSF文庫総解説』(大森望と共編)。
(「新刊展望」2016年7月号より転載)