'); }else{ document.write(''); } //-->
〈高野秀行さんの『未来国家ブータン』、宮田珠己さんの『日本全国津々うりゃうりゃ』、それぞれ文庫版がこのほど発売されました。単行本刊行時(2012年3月)に収録した対談を再掲載します。〉
高野秀行 Hideyuki Takano
1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部時代に書いた『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。1992~1993年にはタイ国立チェンマイ大学日本語学科で、2008~2009年には上智大学外国語学部で、それぞれ講師を務める。『ワセダ三畳青春記』で第1回酒飲み書店員大賞受賞。2013年『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞、2014年には同著書で第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。近著に『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』『恋するソマリア』などがある。
宮田珠己 Tamaki Miyata
1964年兵庫県生まれ。大学卒業後、約10年のサラリーマン生活を経て、作家となる。旅エッセイや小説などを執筆。『東南アジア四次元日記』で第3回酒飲み書店員大賞受賞。近著に『日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編』『日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。』『旅するように読んだ本 墨瓦鑞泥加書誌』などがある。
宮田:『未来国家ブータン』、おもしろかったです。ブータンに行きたくなった。
「ブータンには雪男がいるんですよ!」
このひと言にのせられて高野氏はブータンへ飛んだ。
表向きの任務はブータンの生物資源の調査。しかし「ブータン雪男白書」を作ろうとこっそり目論んでいた――。
高野:え? 行ったことあるんですよね。
宮田:あるんですけど、それはいわゆる一般旅行者の旅で。1日200ドル払って、観光ガイドがついて、あらかじめ決めておいたルートで1週間くらい観光地を回るという。
高野:いつ頃ですか。
宮田:1994年。
高野:まだまだ開けていなかった頃ですね。
宮田:あのときとあまり変わっていない感じもあって、ブータンいいなあとすごく思いました。のんびりしていて、財布を忘れても絶対なくならないとか、依然としてそんな感じなんだ。
高野:ブータンに行くと、どんどん気が緩んでいきますよね。
宮田:おもしろかったのが、雪男を見たというお父さんに高野さんが会いにいった話。全然こっちを見ようとしないし、反応しない。それを高野さんが「こういうのはよくある」とリアクションしていて、そんな経験をよくしていることがおもしろいなと。そういうおっさん、よくいるんですか。
高野:いますね。山奥の少数民族のお年寄りなんかに。外国人に接したことがないから、拒否反応を示してしまうんですよ。でもそういう反応をするのはたいていおじいさんで、おばあさんにはいないんです。女性は年を取るとオープンになってくるから。男はいろいろ難しいじゃないですか。
宮田:自分の価値観が崩せないんだ。
高野:プライドとか他の人に与える印象とかいろいろあって、うまく対応できないんでしょうね。
宮田:そういうことを書いた旅行記は読んだことがなかったと思って、そこが最初に感動したところです。
高野:感動したんですか(笑)。
宮田:それとおもしろかったのが、ブータン人の「殺生観」の話。牛一頭殺すのも蠅一匹殺すのも同じ痛みなんですね。
高野:大きくても小さくても命は命。体の大小より命の数だと。
宮田:理屈はわかるけど、感覚としてわからない。
高野:イクラを食べるのは大量虐殺。
宮田:普通の感覚だと、象とか大きい動物は意識があるような気がするから、殺すのはかわいそう。蠅は何も考えてないだろうというのが我々のイメージ。でもブータン人はそうじゃないんですね。
高野:それもしょせんイメージの世界だからと。
宮田:仏教がそうさせているんですかね。
高野:大乗仏教でしょうね。
宮田:輪廻で「この蠅は、おじいちゃんかもしれない」みたいな。
高野:それよりも命の数のほうが実感としてはあるんじゃないかと思いますね。
宮田:なるほど。あと、高野さんが実際に祈祷をしてもらうところは、ちょっとうらやましかった。自分もやってもらいたいなと思って。どんな感じなんだろう。自分をゆだねる安らかさ、自分をケアしてくれている感じ、そういうところがいいんですか。
高野:まず、自分が今困っていることを言えるのが大きいですね。祈祷を頼むのは本当に困っているからで、それを周りにいる人たちもちゃんと聞いて理解してくれるわけです。
宮田:孤立してないと。
高野:そうそう。一人で抱え込んでいたものを外に出せる。
宮田:「ニェップ」もいいなあと思いました。どこの町に行っても世話してくれる関係の人がいるという。
高野:宮田さんはきっとニェップが気になるだろうなと思った。今の生活がちょっと嫌になったり飽きたりすると、別の場所、たとえば伊豆にいるニェップのところに行って過ごすとか。そういうの、いいでしょ?
宮田:そこで面倒を見てもらえるんですよね。でも親戚じゃない。それが不思議。
高野:遊牧の名残です。夏は高地、冬は低地にと往復しているので、そういう習慣がある。
宮田:この町の誰担当とか、自然に決まっていくんですかね。
高野:長い時間をかけて自然に決まっていくみたいです。一対一の関係じゃないのも良くて、一対一だとその人の都合が悪いとか何か用事があるとだめだけど、何人かいるから気楽。
宮田:いいですよね。ほんと、ブータンでちょっと暮らしてみたいです。インテリが国王を好きだというのもいいなと思うし。普通、インテリは自国の国家元首を批判するものだけど、ブータンはインテリこそ国王を好きだと。そういうふうに読んでいくと、確かにブータンは「未来国家」だとわかりますね。『未来国家ブータン』というタイトルを最初に見たときは、国家論か社会論みたいな本だなと思ったけど。
高野:でも、「未来国家」なんて言うこと自体が現代風じゃないでしょう。「未来○○」みたいなことは今どき言わない。それがもうすでにノスタルジーの世界に入っている気がします。
宮田:それで結局、雪男はどうなんですか。
高野:雪男が当たり前にいると思っている人が相当数いる。だって、ブータンの国語であるゾンカ語の入門テキストには、基礎語彙表に「雪男」があるんだから。普通ないでしょう、日本語入門のテキストに「河童」や「天狗」は。それだけ重要な言葉なんですよ。
宮田:僕は雪男には興味がないけど、でものんびりしたこの感じが気持ちよかった。
高野:僕の意図としては、のんびりしているだけじゃないという話を書いたつもりだったんだけど、感想はやっぱり「のんびりしている」なんだ(笑)。
宮田:実は多民族国家だというのも知らなかったです。
高野:でもブータンってやっぱり、フィクションの国ですよ。フイクション度がかなり高い。人口70万くらいであの辺で国として成立するというのはかなり無理がありますよね。
宮田:村が集まっている感じ?
高野:そうそう。インドや中国やミャンマーの一つの州のそのまた何とか族自治区みたいになっても全然おかしくないのを、何とかこじつけて国として維持しようとしている。その必死の熱意がブータンを作っているんだと。
宮田:なるほどねー。
高野:ということを書いたつもりだったんですけどね(笑)。