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  • 「私はサルトル」しゃべる犬パグが人間の悩みに答える“哲学コメディ”『JKさんちのサルトルさん』

    2021年09月05日
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    花森リド:講談社コミックプラス
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    どん詰まりな人生に哲学は効く(体験済み)

    ふだん哲学の本を手に取ることはほとんどないのに、人生にピンチが訪れるとボーッと読んでしまう。不思議なくらい心が落ち着く。ぐちゃぐちゃになった自分の日常と人間関係に対して定規を引くような行為だと思う。

    人生でままならなさを抱えたとき、原因そのものを消し去ることは大抵の場合ほぼ不可能にちかい。そういう状況に置かれた人間の心に哲学はとてもよく効く。

    きっと『JKさんちのサルトルさん』のページのあちこちに救われた人は多いんじゃないだろうか。ここでいう「救われる」は「自由になる」に近い。私はすごく救われた。

    それはそうと、『JKさんちのサルトルさん』の“サルトルさん”って10000%このパグのお名前だろうなとわかる。

    笑うほどソックリ。諸事情あってパグの姿になっているが、彼こそは20世紀を代表する哲学者サルトルなのだ。教え、乞いたいよ!?

     

    人間についてはちょっと詳しいよ

    “マリオさん”は川崎市に暮らす17歳。ある日、マリオさんは河川敷で奇妙なパグ犬を拾う。この犬はしゃべり、タバコをプカプカ吸い、エビの天ぷらを極度に恐れ、自らをあのサルトルだよと称する。

    で、マリオさんは『嘔吐』も『蠅』も『出口なし』もまだ読んだことがないし、「誰っすか?」という感じなのだけど、サルトルさんを家へ連れ帰ることに。

    サルトルさんは2021年の川崎市のことはちっともわからないけれど、持ち前の知性で淡々とマリオさんたちが生きる世界を知っていく。

    違法アップロードサイトに対する検閲とブロッキングの問題。「手にした権利を手放すことは奴隷に戻ることと同じ」というサルトルさんの辛辣な言葉にグサっとくる。

    姿はパグだけども事あるごとにこの調子なので、マリオさんの家庭でも次第にサルトルさんのポジションが明確になっていく。

    若く悩めるマリオさんやその周りの人々が、自らの「こんがらがったもの」をサルトルさんに少しずつ打ち明け始めるのだ(お蕎麦をフォークで食べてるのかわいい……)。

    たとえば、マリオさんは美大進学を考えているけれどお悩み中。

    親の仕事のことがとても気になっているから、自分の進路を明確に書くことができずにいる。

    そしてマリオの兄“ミキオさん”はゲーム実況で身を立てていきたい20歳。先程紹介したマリオさんの学校での様子がマスク姿だったのと同じく、ミキオさんのゲーム実況という仕事も今まさに私の世界にある物語に感じられて面白い。ちなみにミキオさんの配信の視聴者数は20人。学校の1クラスの生徒数より少ない。

    「うだつの上がらない俺の人生、このままでいいのかな?」と悩むミキオさんに対して、サルトルさんは何を語るか。

    えっ、どういうこと? ポジティブなんだかネガティブなんだかわかんないよ!

    ああ、ちょっとずつ見えてきたぞ。前述したマリオさんの悩みもここで合流する。

    そうだそうだ。サルトルさん本当にいいこと言うなあ。夢をもつことが自分の思い描いた未来に近づく唯一の方法。これ、私のおばあちゃんも言ってたな。もしかしてサルトルの本を読んでいたのだろうか。

    サルトルさん、かっこいい……。すべての若者、いや、すべての人間にお伝えしたい言葉だ。

    こうやって人生のモヤモヤが少し晴れたとしても、永遠に晴天が続くわけではない。マリオさんとその周囲の人々の身には難解なお悩みがぞくぞくと降ってくる。

    「私は嫌な女」。だけど変わりたい。どうすれば?(こんなことを誰かに言われたら、まともな返事を返せます? 私は濁して終わっちゃいそうだ)

    マリオさんたちのお悩みは、そのどれもが原因を取り除けば解決するものではない。というか、そもそもの話として原因そのものを取り除くなんてこの世の誰ができるのだろうか、という問題ばかりなのだ。やっかい! でも、人生で「ウワー!」と悩むときって、たいていそう。だから孤独なんですよね。

    この小さなコマを私は繰り返し読んで、サルトルさんの言葉とマリオさんの言葉を何度も口の中で唱えている。そして、自分で自分の頭や顔や腕をさすりたくなる。

    哲学なんて堅苦しくて理屈っぽくてちょっと……と遠ざけてきた人、ウィキペディアのサルトルのページの文字量に「うっ」となった人、だまされたと思ってこのマンガを読んでみてください。心がとても自由になります。

    試し読みはこちら

    (レビュアー:花森リド)


    ※本記事は、講談社コミックプラスに2021年8月14日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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