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コロナ禍の中、マリエが決意する。タカオが立ち上がる。そしてヤッさんは消える……?
原宏一の人気シリーズ、元気と希望を携えて堂々の完結!
誇り高き宿無しにして築地の名コンサルタント、ヤッさんの物語が、ついに完結である。寂しい……。
ホームレスは「都会に生かしてもらっている」という感謝を忘れず、常に身綺麗にし、健康管理も怠らない。しかも食に関する卓越した知識と人脈で、築地のトラブルシューターでもある。第1巻の『ヤッさん』と第2巻の『神楽坂のマリエ』、そして第4巻の『料理人の光』では、それぞれドロップアウトした若者を弟子にして社会復帰させ、第3巻『築地の門出』では豊洲への移転問題に揺れる築地を舞台に、食にまつわる職人たちのプライドを描いた。
第5巻『春とび娘』は、いずれも既刊に登場した馴染み深い人物が中心となっていた。その変化や成長や意外な一面を、古い知り合いのような気持ちで楽しんだものだ。
そして、本書である。第5巻で馴染みの人物を出したのは布石だったのだと、ここでわかった。
完結編となる『ヤスの本懐』は中編3話で構成されている。第1話「マリエの覚醒」は、百貨店のフェアへの出店を打診されたマリエが、自らの味を守るか百貨店の意向に沿って味を変えるか悩むというもの。第2話「タカオの矜持」は嫌がらせを受けている寿司屋を助けるために、蕎麦屋のタカオが立ち上がるというもの。
マリエは第2巻の、タカオは第1巻の、主人公である。ふたりともヤッさんに助言を求めようとするが、なぜか連絡がつかず、自力で対処することになる。果たしてふたりは苦境を乗り越えられるのか。
――つまりこれは「代替わり」なのだ。ヤッさんに鍛えられ、多くの出会いを経て、学び、そして今日があるふたりが、今度は自分が当時のヤッさんのように、人を助け、人を繫いでいく立場になるという話なのだ。
ああ、そうか――とため息が出た。これが完成形なのだ。ひとりのスーパーマンが問題をズバッと解決して終わり、では何の進化もない。ヤッさんの気概や矜持が、こうして受け継がれていくことこそ「ヤッさん」の完成形なのだ。既刊でも先代の味を受け継ぐことをテーマにした話があったが、その頃から物語はここへ向かっていたのだ。
第3話「ヤスの本懐」で、そのヤッさんが思わぬ事態に陥っていたことがわかる。だが2話までを読んだ読者は、きっと大丈夫だと安心して読んでいられることだろう。コロナ禍もある。人も社会も変わり続ける。だがその中に希望を描いた、見事な完結編である。
「小説推理」(双葉社)2021年10月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載