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  • 現役医師作家・南杏子が込めた過酷な現場での“ありがとう”の力 『ヴァイタル・サイン』インタビュー

    2021年08月19日
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    ほんのひきだし編集部 猪越
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    現役医師としての経験を活かし、2016年のデビューから、医療を題材とした小説をコンスタントに発表している南杏子さん。今年5月には、救命救急医から訪問診療医となった女性を描く『いのちの停車場』が吉永小百合さん主演で映画化され、大きな話題となりました。

    8月18日に発売された『ヴァイタル・サイン』は、病棟看護の最前線で働く女性看護師の苦悩と成長を、医師ならではの視点で描いた物語。そんな本作が生まれた背景と、作品に込められた思いについて南さんにお話をうかがいました。

    ヴァイタル・サイン
    著者:南杏子
    発売日:2021年08月
    発行所:小学館
    価格:1,760円(税込)
    ISBNコード:9784093866200

    二子玉川グレース病院で看護師として働く堤素野子は、31歳になり今後のキャリアについても悩みながら忙しい日々を過ごしていた。患者に感謝されるより罵られることの方が多い職場で、休日も気が休まらない過酷なシフトをこなすが、整形外科医である恋人・翔平と束の間の時間を分かち合うことでどうにかやり過ごしていた。
    あるとき素野子は休憩室のPCで、看護師と思われる「天使ダカラ」という名のツイッターアカウントを見つける。そこにはプロとして決して口にしてはならないはずの、看護師たちの本音が赤裸々に投稿されていて……。心身ともに追い詰められていく看護師たちが、行き着いた果ての景色とは。

    〈小学館 公式サイト『ヴァイタル・サイン』より〉

    南 杏子
    みなみ・きょうこ。1961年徳島県生まれ。日本女子大学卒。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入し、卒業後、慶応大学病院老年内科などで勤務する。2016年『サイレント・ブレス』でデビュー。ほかの著書に『ディア・ペイシェント』『いのちの停車場』などがある。連続ドラマや映画など著作の映像化が相次ぐ、今もっとも注目される作家のひとり。

     

    医療現場の問題を小説という形で問いかけたかった

    ――本作は病院を舞台に、過酷な現場の実態を描いた小説ですね。どのようなきっかけから本作を執筆されたのでしょうか?

    横浜市の病院で2018年夏、30歳代の女性看護師が、患者の点滴に消毒液を混入させて3人を殺害したとして逮捕・起訴された「点滴連続殺人事件」は、社会に大きな衝撃を与えました。

    どうしてこのような事件が起きるのか、働いている側にも追い詰められている状況があるのではないかと考えたことがきっかけのひとつです。もちろん医療や看護に携わる者として、絶対に許されないことではあります。しかし、何がそうさせたのかという原因を考えてみることで、二度と同じ事件を起こさないような工夫や環境づくりができるのではないかと思いました。

    同じように介護施設や家庭の中でも介護殺人が起きています。「彼らは間違いを犯した人」「私はそういうことをしない人」と分けて考えるのではなくて、そこには地続きな部分があるのではないかと感じています。私もあなたも、もしかしたら何かのきっかけで、職場、あるいは私生活で、同じように追い詰められてしまうことがあるかもしれません。

    小説という形で「ここに苦しんでいる人がいますよ」と声をあげることで、この問題が多くの人の目に触れて、自分では思いつかない工夫やアドバイスをさまざまな立場の方からもらえるかもしれない。そういった、解決策を探すひとつの道になればと思いました。

    ――本作は章立てが、「日勤」「日勤―深夜勤」「日勤―深夜勤―準夜勤―休日」など、看護師の勤務体制をそのまま表すものとなっています。主人公である素野子の生活を追体験するだけでも、その大変さが伝わってきますね。

    追い詰められてしまう要素のひとつには、やはり過酷な労働環境があると思いますので、本作ではそのこともお伝えしたいと考えていました。ただそれだけでは、おそらく読む方がつらくなってしまう。そうならないような展開もほしいですと編集者からアドバイスをもらい、恋愛の要素なども盛り込んでいます。

    ――南さんは、以前『ディア・ペイシェント』という作品でクレームに疲弊していく医師の姿を描かれています。今作では素野子たち看護師が、さまざまな要求を突き付けられていきますね。

    患者さんやその家族と接する機会は、医師よりも看護師さんのほうが多いので、特に要望が強く、いろいろな思いをダイレクトに引き受けなくてはならない立場です。看護の仕事は体力的な負担も大きく、医療の最前線に立っているといえます。

    命が懸かっているだけに、患者さんの側も医療の側も真剣であり、常に緊張を強いられる職場だからこそトラブルが起きてしまうこともある。私は実際には看護の仕事を体験していないので、想像の部分もかなりありますが、できるだけリアルに描きたいと思っていました。

    ――『ディア・ペイシェント』には「モンスターペイシェント」(クレーマー患者)という言葉も登場します。本作にも、非協力的な患者や医療者にとっては的外れな苦情をいう家族が出てきます。

    実は本作の主人公は、クレーマーという捉え方をしていないのです。どちらかというと、「要望が多い」「不安の強い」ご家族という受け止めですね。入院中の家族が危ない目に遭ってしまったら、担当の看護師を相手に穏やかな気持ちではいられないでしょうし、大切な家族の病気が悪化したときに、医療者に対して「なぜ治せないのか」と思ってしまうことも理解できます。

    とはいえ、そういった場で発せられる言葉の真意を理解できる看護師であったとしても、その頻度が上がれば中には疲弊してしまう人も出てくるでしょう。医療従事者は病気やけがで困っている人たちを救いたい、役に立ちたいという使命感で働いています。それなのに返ってくる言葉がとげとげしいものであれば、強い人ばかりではありません。「頑張れ」という号令だけでは立ち行かないのではないかと思います。

    ――本作の冒頭では、主人公の素野子が患者さんから一輪のたんぽぽを渡され、その気持ちに報われるシーンがありますね。

    使命感で踏ん張りつつも、「ありがとう」という言葉に支えられて保てている部分があって、ふと触れた優しさに、やはり頑張ろうという気持ちになれる。だからこそこのコロナ禍では、「ありがとう」という言葉をたくさんかけられるような環境になったことで、救われた医療現場が多かったのではないでしょうか。

    ディア・ペイシェント
    著者:南杏子
    発売日:2020年01月
    発行所:幻冬舎
    価格:660円(税込)
    ISBNコード:9784344429376

     

    「医師」も「看護師」もひとつの役割

    ――主人公の素野子は、患者だけでなく、当直の医師や後輩看護師にも振り回されます。医師の言動に不満を持つシーンなどは、現役医師である南さんにとって書きにくくはありませんでしたか?

    現実にはここまでひどい医師はごく少数です。ただ、そういった心ない言葉も看護師を追い詰めるひとつの要素だということを伝えたいと思い、あえて書きました。

    ――学歴にこだわる後輩看護師の桃香や、当直医師の尊大な態度など、病院内のヒエラルキーにも消耗させられていきますね。

    多職種間のヒエラルキーについては桃香の性格を際立たせたいと思って書いた部分が大きいのですが、医療にはいろいろな場面があります。それぞれが得意な分野で力を発揮していけばいいのだと思います。医師と看護師の関係についても担当する業務が違うだけですし、病院はほかにも介護師や薬剤師、検査技師などいろいろな役割分担があって成り立っています。

    会社などと同じで、組織内の命令系統がはっきりしているほうが仕事を回しやすい面はあるものの、立場に固執して協力関係が築けないような人とは働きづらいですよね。

    ――それぞれのプロがそれぞれの能力を発揮してこそチームが機能するということですね。医療者ではなくても、職場での人間関係や仕事への取り組み方、責任感など共感を持って読めるシーンがたくさんありました。

    誰もが自分の仕事だけでも大変なのに、そのうえ上司や同僚の嫌な言動にさらされる……。そんなことでマイナスの感情を上乗せする必要はありません。どうせなら楽しく、気持ちよく仕事をしましょう、ということは伝えたかったです。

     

    タイトルに込めたのは「自分自身を大事に」というメッセージ

    ――一方で、自分自身が患者だったら、その家族だったらと、命のしまい方、看取り方についてもさまざまに考えさせられました。認知症患者にとってはこういったことも事故につながるのかという驚きもありましたが、具体的なエピソードは実際の事例から取り入れられているのでしょうか?

    事故につながるような「ヒヤリハット」については、ひとつの病院で起きたことはすべての病院で起こりうると考えられるので、勉強するための資料はたくさんあります。さまざまなケースや事件についても調べて、ストーリーに合うように組み合わせました。

    ――『ヴァイタル・サイン』も示唆に富んだタイトルですが、どのような思いからつけられたのですか?

    医療小説だということが一目でわかったほうがいいなということもありましたし、「生命兆候」という実際の意味だけでなく、働いている人たちの元気のバロメーターという意味合いも持たせられるのではないかと思いました。

    ――素野子も上司である師長から、「あなた自身のヴァイタルも守りなさいね」という言葉をかけられます。

    患者さんやそのご家族にもっとも接している人こそが元気でなければ、患者さんを元気にできないと思うのです。看護師は他人の元気ばかりを考える役割になりがちですが、まずは「あなた自身の元気も大事に」というメッセージが伝えられたらいいですね。

     

    「医師」と「小説家」がお互いに与える好影響

    ――南さんは本作を含め、これまでの作品でもおもに終末期に関わる医療をテーマとされています。ご専門ということが大きいかと思いますが、患者の家族の思いも含めて、生と死への向き合い方について深く考えさせられます。

    人間は生まれてから亡くなるまで、医療的な支えがまったく必要ない人はいませんよね。生まれる時の産婦人科にはじまり、小児科、その後は症状によっていろいろな科にかかり、やがて高齢者になると体が弱り、さまざまな病気が重なってくるという特徴がある。私はその終末期を担当しています。

    つまり人生の最期まできっちり生ききって、いい人生をまっとうすることを支える仕事、という気持ちでいます。大切な方との別れが迫っている時期は、ご家族も混乱しやすい状況です。100歳の親御さんの最期を前にして「まさか死ぬとは思わなかった」とおっしゃる方もいますし、配偶者の死をどうしても受け入れられない方もいます。

    数か月から数年と人によって期間は違いますが、ご家族には患者さんの病状をご説明し、納得できるようにお話ししていくことで、「本当にいい最期でした、ありがとうございました」と言っていただける。終末期医療においては患者さんを診るだけではなく、そういったご家族の苦しみも含めてケアするのが医療者の役目だと感じています。そこが難しいところであり、やりがいのあるところでもありますね。

    ――医師と作家の両立は大変かと思いますが、執筆は、通勤電車の中でスマートフォンを使って書かれているそうですね。

    通勤時間は片道1時間20分ありますので、メールを書く要領で小説を書いています。1回の通勤で書けるのはワンシーン程度です。休日には、書き溜めたそれらのシーンをつなげていきます。まるで編み物のモチーフを一つ一つつなぎ合わせるような感覚です。

    ――医師としてのご経験が作品に反映されていることはもちろんですが、作家としての活動が医師のお仕事に生かされることもあるのでしょうか?

    私が勤めているのは平均年齢89歳の高齢者が入院する病院なのですが、入院された患者さんのご家族には、「本当は自分が自宅で介護をすべきなのに」とうしろめたさを感じている方がいます。しかし、介護というのは1人や2人の力でできるようななまやさしいものではありません。むしろ無理をすることで介護される側に我慢をしてもらっていることもありえます。

    病院や施設では、食事やリハビリなど専門の担当者によるケアが受けられます。高齢者や認知症の方に配慮された環境で過ごすうちに、笑顔が見られるようになったり、ご自宅にいた時よりも食べたり歩けるようになったりと、いい循環が生まれます。そのための工夫もいろいろなされているので、「入院させることは決して親不孝ではありません」とご家族に話すこともあります。

    そういった中でお聞きしたご家族の重みのある言葉を反芻しつつ、小説の中に反映させていると、次にまた同じようなケースに立ち合ったときに、私も整理された言葉でわかりやすくお話しすることができます。ご家族にもより納得していただけたり、喜んでいただけたりする点では、医師の仕事も執筆も、互いにいい影響を与え合っていると思います。

     

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