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  • 「犯人当て」だけではないミステリのおもしろさを届けたい:相沢沙呼『invert 城塚翡翠倒叙集』インタビュー

    2021年08月02日
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    ほんのひきだし編集部 猪越
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    2019年9月に発売され、その年のミステリランキング5冠を達成した相沢沙呼さんの『medium 霊媒探偵城塚翡翠』。その続編となる『invert 城塚翡翠倒叙集』が7月7日に発売されました。

    『medium』はその衝撃のラストが大きな話題となりましたが、本作にも、前作に引けを取らないさまざまな趣向が凝らされています。早くも累計発行部数10万部を超えた最新作について、相沢さんにお話を伺いました。

    invert 城塚翡翠倒叙集
    著者:相沢沙呼
    発売日:2021年07月
    発行所:講談社
    価格:1,925円(税込)
    ISBNコード:9784065237328

    すべてが、反転。
    あなたは探偵の推理を推理することができますか?

    綿密な犯罪計画により実行された殺人事件。アリバイは鉄壁、計画は完璧、事件は事故として処理される……はずだった。
    だが、犯人たちのもとに、死者の声を聴く美女、城塚翡翠が現れる。大丈夫。霊能力なんかで自分が捕まるはずなんてない。ところが……。
    ITエンジニア、小学校教師、そして人を殺すことを厭わない犯罪界のナポレオン。すべてを見通す翡翠の目から、彼らは逃れることができるのか?

    〈講談社BOOK倶楽部『invert 城塚翡翠倒叙集』より〉

    相沢沙呼(あいざわ・さこ)
    1983年、埼玉県生まれ。2009年『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞し、デビュー。2011年3月「原始人ランナウェイ」が第64回日本推理作家協会賞(短編部門)候補作となる。2018年『マツリカ・マトリョシカ』が第18回本格ミステリ大賞の候補に。2019年『medium 霊媒探偵城塚翡翠』が「第20回本格ミステリ大賞」大賞受賞、「このミステリーがすごい!」1位、「本格ミステリ・ベスト10」1位、「SRの会ミステリベスト10」1位、2019年ベストブックと国内ミステリランキングを席巻し、大ヒット。その他の著作に『雨の降る日は学校に行かない』『小説の神様』など。

     

    タイトルやカバー、コピーに販売戦略までが伏線

    ――『invert』は、「倒叙集」と銘打たれた中編小説集ですね。前作『medium』に続き、霊能力によって難事件を解決するといわれる美女・城塚翡翠の活躍を描く本作は、どのように生まれたのでしょうか。

    『medium』を書く前から、今回の『invert』のような倒叙ものを書きたいとは思っていたのです。というのは僕が、テレビドラマ「古畑任三郎」の大ファンでして。もう少し上の世代の方にとっては、倒叙ものといえば「刑事コロンボ」になるのでしょうが、僕は最初に倒叙もののドラマを見たのが古畑任三郎でした。

    もともと『medium』も、犯人が魅力的な探偵役に追い詰められていく、その探偵のバディとして並び立つワトソン役の助手を作って、物語を構築していこうというのが発想のスタートでした。

    ※倒叙ミステリ=犯人側の視点で記述されたミステリの形式。

    medium 霊媒探偵城塚翡翠
    著者:相沢沙呼
    発売日:2019年09月
    発行所:講談社
    価格:1,870円(税込)
    ISBNコード:9784065170946

    ――「すべてが、伏線。」という前回のコピーに続き、今回は「すべてが、反転。」。またもや何を語ってもネタバレになってしまいそうな仕掛けが盛りだくさんです。

    『medium』のときから普通の読書体験とはちょっと違う、いわゆるメタ的な観点から読者をびっくりさせよう、慄いてもらおうという目論見がありました。本作でもそのコンセプトを意識して、タイトルやカバー、「反転」というコピーをも伏線として配置することで、読み終えた後に「なるほど! そういうことだったのか」という驚きが得られるような構造になったらいいなと。

    それは僕だけでなく、ブックデザイナーの坂野公一さんやイラストレーターの遠田志帆さんも意識してくださったことだと思います。カバーの赤と緑は反対色ですし、タイトルにあしらわれた銀色の箔は、反転する鏡のイメージだそうです。

    ――本作での翡翠の決めゼリフでもある、「あなたは探偵の推理を推理することができますか?」も、まさにメタフィクションな問いかけになりますね。

    僕も本格ミステリは好きですけれど、このジャンルはコアなファン向けの、限られたサークルの中で共有されたルールで描かれている部分があると思っています。そこで『medium』から意識していたのは、もっと広い人たちにリーチしたいということでした。

    犯人の視点から描く倒叙スタイルは、当然のことながら最初から読者に犯人を明らかにしています。もちろん犯人当てはミステリのおもしろさのひとつではありますが、本作では「推理すること自体のおもしろさ」を、ミステリを読み慣れない読者にも伝えたいと思っていました。

    もうひとつ、担当編集者である河北壮平くん(「小説現代」編集長)が、よく「推理のオリエンテーリング」という言葉を使っているのですが、何が不思議で、何を考えたらいいのかを段階的にわかりやすく提示したほうが、読者はそこに注意を向けやすいし、おもしろさを感じやすい。物語を牽引する要素にもなります。

    一方で、「読者への挑戦状」という形は推理小説ではわりとポピュラーではあるのですが、突然作中に作者からの言葉が入ってしまうと物語を中断してしまう。

    古畑任三郎だと劇中ですべての手がかりが提示された段階で暗転するシーンがあって、古畑がテレビの前の視聴者に語りかけてきて、何がヒントだったのかがわかります。それをオマージュして、本作では翡翠はあくまでも作中人物のまま、読者が自分に言われているような体験をしてもらうためのシーンを入れています。

     

    翡翠と三者三様の犯人の対決も読みどころ

    ――本作では三者三様の犯人が登場しますが、1話目の「雲上の晴れ間」の主人公はITエンジニア。実際にご経験のある、相沢さんならではの設定ですね。

    「なるべく早く続編を」という担当編集者からのプレッシャーがあったので(笑)、あまり取材や資料がなくても書ける、僕の前職であるプログラマーを主人公にしました。倒叙ものでは特に、特殊な職業への興味が読者を惹きつける要素となります。プログラマーは特殊だろうかと思いつつ、初めて本格的な倒叙スタイルに挑戦するということもあって、よく知る業界を舞台にしています。

    ――2話目の「泡沫の審判」は小学校の女性教師が主人公です。こちらは社会的な問題を発端としながら、教師という職業の過酷な状況が描かれているのが印象的でした。

    実は身内に小学校の先生がいたので、いろいろ話が聞けました。また女性同士ならではの翡翠とのやりとりも描けるかなと考えました。

    ――そして3話目の「信用ならない目撃者」では、“犯罪界のナポレオン”とも喩えられる、犯罪を知り尽くした敵が登場します。彼のプロフィールはどのように設定されたのですか?

    「刑事コロンボ」を参考にしようと見ていたときに、シチュエーションはすごくいいのに……という話があって、これは絶対にもっとおもしろくできると思い、下敷きにしています。

    「自分だったらこうするな」というアイデアは、いろいろな作品を見ていて思いつきます。普段はもっと変更を加えたりするのですが、今回は倒叙スタイルへのオマージュということもあって、コロンボを好きな人が見たら元の話に気づくだろうなというレベルの原型を残して書いています。ある登場人物の名前は、吹き替えの声優さんの名前をもじって付けているんですよ。

    ――翡翠とそれぞれの犯人の対決シーンも読みどころのひとつですね。

    古畑やコロンボを参考にはしていますが、どちらも年齢の高い男性なので、翡翠のような犯人との対峙のし方はあまり前例がないのではないでしょうか。それも毎回同じだとおもしろくないので、翡翠に対する犯人の印象の違いも楽しんでいただければと思います。

     

    本格ミステリ初心者にも、そのおもしろさを経験してほしい

    ――『medium』までは作品の中で殺人事件を扱ってこられなかったとのことですが、解禁された理由は何かあるのでしょうか。

    封印していたわけではないのです。僕はそもそもライトノベル作家になりたくて、15歳くらいから小説を投稿し始めました。でも毎回落選してしまって。いま思えばちょっと地味な、青春群像劇風の作風でしたね。

    それが16歳くらいのときに、北村薫さんや加納朋子さんの作品と出合って、「日常の謎」というジャンルがあることを知りました。小さな事件を扱いながらもミステリ要素があって、その謎で読者を引っ張っていく構造はおもしろいなと思い、そこから日常の謎を書くことにはまったのです。

    その後もライトノベルの新人賞には応募し続けていて、社会人になってから、これはと思った作品も評価されず。そうしたらたまたまその年に、鮎川哲也賞に選考委員として北村薫さんが加わったのです。それを見て北村さんに読んでもらいたい一心で応募したら、賞をいただけて。そうか、僕の作品はミステリだったのかと気がつきました(笑)。

    デビューしてから10年ほど日常の謎を書いて、そういえば殺人事件を書いたことがなかったなと。『medium』のアイデアや翡翠というキャラクターを思いついたのと、殺人事件に挑戦しようと思った、そのタイミングが良かったのでしょうね。

    ――実際に作中で殺人事件を書かれてみていかがでしたか?

    書きやすくてびっくりしました。いつもはだいたい単行本を一冊書くのに半年以上かかるのですが、『medium』はたぶん3か月もかかっていません。

    殺人事件があるほうが、ストーリーを考えるためのスタートを切りやすいのかもしれないですね。日常の謎は、何もないところから不思議なことを考えなくてはいけないですが、殺人事件はとりあえず死体を置ける(笑)。その違いが大きくて、頭の違う部分を使えて新鮮に書けました。今、「小説現代」9月号(8月20日発売)でシリーズの続編を書いているのですが、死体が発見されないのでなかなか苦労しています。

    ――今作でも、“城塚翡翠”に対する謎はさらに深まっているように感じました。シリーズの今後についてはどのように考えていらっしゃいますか?

    2つのラインで話を進めていこうと思っています。今回の「倒叙集」タイプを出しつつも、「クローズドサークル」といったオーソドックスな長編もきちんと書いていきたい。本格ミステリとしてのおもしろさを大事にしつつ、城塚翡翠というキャラクターの活躍を見たいという読者のほうが多いような気がしているので、僕にしては早いペースで続けていけたらなと考えています。

    ――本作では、翡翠がミステリ小説について言及するシーンが何か所か出てきます。その部分には、相沢さんのミステリ作家としての思いも込められているのでしょうか?

    翡翠はミステリに対してかなりマニアックですが、僕自身はそうでもないです。翡翠の言いたいことはわかるけれど、もっと読者に優しくしないと、マニア以外には怖がられちゃうよと思っています。一部僕の考えも入っていますが、それをそのままではなく、かなり誇張して書いていますね。

    ミステリというと、小難しくて読みづらいというイメージをお持ちの方もいらっしゃると思います。そういった方にも楽しんでいただけるよう、読みやすさも意識して書いていますので、ミステリならではのおもしろさを経験していただけたらうれしいです。本格ミステリに初めて挑戦するという方は、ぜひ『medium』から手に取っていただきたいと思います。

    ――「なぜ『medium』から読んでほしいのか」については一切触れられないのが残念ですが、シリーズとしての楽しみを損なわないためにも、ぜひ刊行順に読んでいただきたいと思います。本日はありがとうございました。

     

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