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  • 『愚行録』『蜜蜂と遠雷』石川慶監督の新たな傑作!“永遠の命を選べる人生”での選択と成長に説得力を持たせた独自のアプローチ/『Arc アーク』インタビュー

    2021年06月30日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    「物語を映画にする石川慶監督の力は本当にすごい」(貫井徳郎/作家)
    「こんなに見事に『日本映画』化出来るとは、驚嘆を拭えない」(佐々木敦/思想家)

    世界的にファンの多いSF作家ケン・リュウさんの短篇小説を、『愚行録』『蜜蜂と遠雷』で世界から注目を集める石川慶監督が映画化した『Arc アーク』。“人生100年時代”がさかんに言われるいま、「不老不死」という身近なようでいてまだ現実のものではないテーマを見事に表現した同作に、いち早く鑑賞した各界の著名人から絶賛の声が寄せられています。

    今回ほんのひきだしは、脚本・編集も手がけた石川監督にインタビュー。監督は原作から何を感じ取り、どのように“映画での表現”を作り上げていったのか。お話を伺いました。

    石川慶(いしかわ・けい)
    1977年生まれ、愛知県出身。ポーランド国立映画大学で演出を学ぶ。2017年に公開した『愚行録』では、ベネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出されたほか、新藤兼人賞銀賞、ヨコハマ映画祭、日本映画プロフェッショナル大賞では新人監督賞も受賞。恩田陸の傑作ベストセラーを実写映画化した音楽青春ドラマ『蜜蜂と遠雷』(2019)では、毎日映画コンクール日本映画大賞、日本アカデミー賞優秀作品賞などを受賞。その他の主な映画監督作には、短編『点』(2017)がある。

    【STORY】舞台はそう遠くない未来。17歳で人生に自由を求め、生まれたばかりの息子と別れて放浪生活を送っていたリナ(芳根京子)は、19歳で師となるエマ(寺島しのぶ)と出会い、エターニティ社を経営する彼女の下で〈ボディワークス〉を作る仕事に就く。それは最愛の存在を亡くした人々のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術(プラスティネーション)する仕事であった。エマの弟・天音(岡田将生)はこの技術を発展させ、遂にストップエイジングによる「不老不死」を完成させる。リナはその施術を受けた世界初の女性となり、30歳の身体のまま永遠の人生を生きていくことになるが……。

     

    現実と地続きにありながら超現実的
    『Arc アーク』の世界観をつくる美しいコントラスト

    ―― エターニティ社のしんと静まった硬質な空気、血の通った肉体のあたたかさや躍動感、遺体のつめたさ、海風のやわらかさ……、さまざまなコントラストを感じる作品でした。まずはケン・リュウ作品との出会いについてお聞かせください。

    『愚行録』の脚本を書いてくださった向井康介さんと食事をしていた時に、「いま中華SFが面白いんだよ」「ケン・リュウの作品は、石川さんも好きなんじゃないかな」と教えていただいて、『紙の動物園』や『もののあはれ』などを一気に買って読んだなかに『円弧(アーク)』もありました。向井さんは当時、中国にお住まいだったんですよね。

    ―― 読んでみていかがでしたか?

    SFでありながら、SFっぽくないなという印象でした。それまでSF小説、特に短篇は、科学技術が前面に出た冷たい感じのする作品が多い印象でしたが、ケン・リュウさんの作品は、舞台設定自体は近未来で、ストーリーも超現実的だったりするものの、プロットを抜き出してみると非常に普遍的で、現実と地続きに、シンプルな人間ドラマが軸にあるんです。たとえば母と息子の話だったり、『円弧』のような、一人の女性が母親になっていく話だったり。

    ある技術が実現され、その影響で何か出来事が起きた場合に、多くの物語ではディストピア的に「それによって社会がどうなっていくか」が描かれます。でもケン・リュウさんの作品はその逆で、物語が絶対に“個人”から離れないんです。それが新鮮でした。

    ―― ケン・リュウ作品が評される時、彼が中国系アメリカ人作家であることや、東洋的な思想が下敷きにある点に触れられることが多いのですが、そのあたりの肌触りはどう感じましたか。

    カズオ・イシグロ作品の読み心地に近いものを感じました。『わたしを離さないで』がすごく好きで、もちろんそれ以外にも読んでいるんですけれど、カズオ・イシグロの作品にはよく、現実が舞台でありながら白昼夢を見ているような描写が出てきますよね。そういう、現実にファンタジーが入り込んでくるような感触がありました。

    もののあはれ
    著者:ケン・リュウ 古沢嘉通
    発売日:2017年05月
    発行所:早川書房
    価格:748円(税込)
    ISBNコード:9784150121266

     

    意外にもマッチした、SF世界と瀬戸内海の島々

    ―― 今作の撮影は、香川県高松市と小豆島を中心に、男木島や淡路島(兵庫県)などでも行われました。実は、私は香川県の海沿いの町の出身でして、監督が感じた原作の読み心地が、瀬戸内海の空気に通じているのかなと思っています。香川で撮影されたのには、どんな経緯があったのですか。

    原作を読んで最初に想像したのは、ギリシャあたりの地中海の小さな港町でした。それで「日本でいうとどこだろう?」と考えて、「ああ、瀬戸内海がある」と。宇部港や直島、豊島など候補はいくつかありましたが、撮影の交渉を進めていくなかで小豆島に渡った時に、「小豆島で撮ると面白いかもしれない」と思ったんです。

    直島や豊島を候補に挙げたのは、美術館などの箱物と、昔からある漁港や島特有の雰囲気とのコントラストが『Arc アーク』の世界観に合っているのではないかと考えてのことでした。実際に見て驚いたんですが、瀬戸内海って本当に波がほぼないんですよね。僕は太平洋側育ちなので、“波のない海”というものが、それだけで日本ではない場所にいるように感じられました。

    しかし、小豆島には箱物が少ない。それで、そのまま高松市へ行ったところ、エターニティ社の撮影地となる香川県庁舎に出会ったんです。すごく目を引く建物で、一発で「ここで撮りたいな」と思いました。そうやって、小豆島と高松の組み合わせでイメージが固まったという流れです。

    ―― 翻訳家の大森望さんも「小豆島の風景がケン・リュウ原作にこれほどぴったりハマるとは」とレビューを寄せていらっしゃいましたが、箱物と自然風景の組み合わせや、近代建築に和の意匠を取り入れた建築物が、“日本映画としての映画化”を支えたのかもしれないとあらためて感じました。しかし、お話を伺っていると、最初は全編通して瀬戸内エリアで撮る予定ではなかったということですか。

    実は当初は、前半のエターニティ社でのシーンは都内で撮って、後半を瀬戸内海で撮るつもりだったんです。大学のキャンパスや美術館にいくつかあたってみましたが、都内ではなかなか撮影の許可が下りず、「それなら先に瀬戸内海を見てみよう」とロケハンをしにいった先での出会いでした。

    県庁にしても、1階・2階をほぼ貸し切りのような形でお借りできることになったので、「それならここをエターニティ社にしよう」とギリギリになって方向転換した感じです。まさか県庁から許可が下りるとは思っていませんでした(笑)。

    ―― 私も、まさか県庁がエターニティ社の工房にまで変身するなんて、思いもよらなかったです(笑)。

    ――『Arc アーク』は、登場人物の存在感を際立たせる色づかいも目を引きました。色や衣裳はどのように決めていったのですか。

    『蜜蜂と遠雷』でご一緒したスタイリストの高橋さやかさんにお願いしました。高橋さんはいつも、作品やキャラクターのイメージを伝える時点からカラーチャートを持ってきて、全体の世界観やシーンの一つひとつを「こういう色味で表現しようと思うんですが、どうですか?」と提案してくれるんです。

    リナがエターニティ社で働き始めてからは、ほかの従業員も含めブルー系の色味で統一して、全体的にあまり色を使いすぎないように。天音との生活が始まったあたりでは、ふわっと花が咲いたように。後半の章は、モノクロでも画面が平坦にならないように。まずはそういうコンセプトをしっかり決めて、それから美術を作り込み、撮影に入りました。

    特にモノクロの章は、そもそもいまモノクロで作品を撮ることがあまりないので、未知数の部分が多くて試行錯誤しました。そのまま見た時に「赤が効いていていいな」と思っても、素材感のあるものでないと、モノクロに変換した時にただの真っ黒に見えてしまいます。それから瀬戸内海も、あの真っ青できれいな海を見てしまうと、構想段階から決めていたとはいえ「これをモノクロに変換するのは正しいんだろうか」と悩んでしまいました(苦笑)。

    ―― モノクロって「“過去”をイメージさせるもの」というイメージだったので、今回のような表現は新鮮でした。

    アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』で、一昔前のメキシコの路地の雑多な雰囲気がモノクロで端正に撮られているのを見たのがきっかけです。メキシコを知らない僕には、その場所からさらに色情報が抜かれたことで、非常にSF的に見えたんですよね。そのことと、小豆島を未来の世界として撮ることがリンクして「モノクロに変換したら、あの景色が全然違う見え方をするんじゃないか」と考えました。

    最初から100%勝算があったわけではないですが、実際にやってみると自分のイメージ通りで、「ああ、こういう世界観だよね」としっくりきた感じです。モノクロの表現についても、高橋さんが「白黒のなかでもしっかり色を配置したい」と色味を提案してくれました。

     

    “人類で初めて永遠の命を得た女性”を演じた芳根京子
    「肉体の感覚」で掴み取っていった役作り

    ―― ここまで風景や美術のお話を伺ってきましたが、『円弧』の映画化には、〈ボディワークス〉をいかに映像で見せるか、それから、永遠の命を得た主人公・リナの100年以上にもわたる人生と内面の変化をどう表現するかが、最重要といっても過言ではなかったと思います。主演の芳根京子さんはオファー当時を振り返って、「あまりの難役にどうして石川監督は私にリナを託してくださるのか、嬉しさもありましたが、疑問、不安、恐怖が大きく即答することが出来ませんでした」とコメントしていらっしゃいます。

    そうですね。芳根さんは(オファー当時も含め)まだ20代。「30歳ですら想像がつかないし、さらにその先は未知の領域です」「難しいと思います」と一度は断られました。

    リナのキャスティングについては、2通りの考え方があったと思うんですよね。一つは、芳根さんくらいの年齢の方をキャスティングして、かなり上の年齢までチャレンジしてもらう方法。もう一つは、30代半ばの経験のある女優さんにお願いして、10代のシーンを少し頑張ってもらう方法です。でも30代の方をキャスティングする場合を考えた時、「見えすぎて」しまうことに非常に違和感がありました。

    30歳の時のリナは、もちろん自然に見えることでしょう。80歳を演じる姿も、17歳を演じる姿もだいたい想像がつく。でも今回は、不老不死という未知のものを扱うわけです。それなのに、撮る前からすでにある程度見えてしまっているのって、どうなんだろう?と思いました。それなら、17歳の姿は容易に想像できるけれど、90歳や100歳になった時にどう変化しているのかまったくわからないほうが面白い。その旅路を行くほうが絶対にいいと思って、前者のやり方を取ったんです。

    芳根さんとはドラマ「イノセント・デイズ」(2018)でご一緒して、その半端じゃないポテンシャルの高さが強く印象に残っていました。ご本人は「できないかもしれない」とおっしゃっていましたが、あのポテンシャルがあればリナを演じられると思ったし、背中を押せば「演じてみよう」と踏み出してくれるんじゃないかとも思っていました。

    ―― プラスティネーションが、舞のように「肉体を使ってするもの」として表現されているのも印象的でした。こういうパフォーマンスも含め、どのように『Arc アーク』の世界やリナという人物を掴んでいったか、監督からご覧になった芳根さんの姿をもう少しお聞きしたいです。

    先ほどお話ししたポテンシャルの話にもつながりますが、ご自身ではそう思っていらっしゃらないでしょうけど、僕は、芳根さんは「何でもできる方」だと思っているんですよね。プラスティネーションのシーンだけでなく、『Arc アーク』では特に前半にダンスの要素を多く取り入れていますが、芳根さんは最初、ダンスについても「あまり自信がないです」とおっしゃっていました。僕はそれに対して「ダンスはそんなに重要じゃないから大丈夫」と言ったらしいですが(笑)、芳根さんは苦労しながらもすごく真剣に取り組んでくださって、気がついたら最終的には、ダンスを中心に据えた構成になっていました。

    今作に関しては、「頭じゃなく、まず体を使って考えていく」というプロセスをとったのがよかったんじゃないかと思います。「不老不死って何だ?」という話って、おそらく、何十時間話し合ったところでたぶん何の結論も出ないですよね。今回は、老いるってどういうことだろう、死なないってどういうことだろうと考える時に、「いったん体を動かしてみよう」「こうすれば右手が上がるよね。これは何歳まで上がると思う?」「じゃあ次は、体はこのまま、心だけ少し年をとってみよう」と少しずつ変化をつけながら、繰り返し体に落とし込んでいきました。そのワークショップが、リナを作っていくうえで大きかったんじゃないでしょうか。演技に関してはきっと、頭で考えるよりもそういうことのほうが、よっぽど有益だったと思います。

     

    「新しい価値観」や「未知のもの」にどう向き合うか

    ―― 最後に、本作のテーマである「永遠の命」について伺います。監督は今作についてのコメントで、「『Arc アーク』のような世の中になったとしたら不老化処置を受けますか?」という質問に「今なら受けると思います」と答えていらっしゃいますよね。「期限があるからこそ人生という過程に価値が生まれる」という考え方もあるなかで、なぜそちらを選択したのでしょうか。

    もちろん安全が保証されているという前提があってのことですけれど、まだやりたいことがたくさんあるので、有無を言わさず受けると思います。もしかすると多くの方が「自分は受けないかなあ……」と答えるのかもしれませんが、僕はそういう人々も、いざそういう世の中になったら、ほとんどが処置を受けるんじゃないかと思っています。

    たとえばいま、がんの特効薬ができたとします。「これを飲めば確実に治ります」と言われたら、きっとほぼ全員が飲みますよね。もし服用を拒否したら、きっと周囲の人たちが、飲むように説得してくるはずです。僕にとっては、その特効薬と今作で描いている不老化処置は、現実味の度合いが違うだけで、そんなに変わらないものという感覚なんですよね。

    いまの状況で「受けないかも」と答える根本にあるのは、どちらがより豊かな人生を送れそうかに対するジャッジではなく、おそらく「新しいものに対する恐れ」だと思うんです。それに対してどう考えるか、それこそが『Arc アーク』の世界観を作っている問いであり、世界を二分する線引きなのだと思います。

     

    映画『Arc アーク』作品情報

    芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生、清水くるみ、井之脇海、中川翼、中村ゆり/倍賞千恵子/風吹ジュン、小林薫

    原作:ケン・リュウ『円弧(アーク)』(ハヤカワ文庫刊『もののあはれ ケン・リュウ短篇傑作集2』より)
    脚本:石川慶 澤井香織
    音楽:世武裕子
    監督・編集:石川慶

    製作:映画『Arc』製作委員会
    製作プロダクション:バンダイナムコアーツ
    配給:ワーナー・ブラザース映画

    全国公開中

    http://arc-movie.jp/ #Arcアーク

    ©2021映画『Arc』製作委員会
    2021年/日本/127分/スコープサイズ/5.1ch

    Twitter:@Arc_movie0625




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