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空前ともいえる小説新人賞のブームは、念願かなってデビューを果たした作家に、必ずしも優しくない。賞も書き手も多過ぎて、読者の記憶に残ることが難しいからだ。しかしライバルたちの間に埋もれ、忘れられていく者も少なくない中で、第2作を4年も待たせた作家がいる。『赤刃(せきじん)』で小説現代長編新人賞をとった長浦京である。
その待望久しい『リボルバー・リリー』は、デモクラシー勃興の大正時代、関東をマグニチュード7.9の大震災が襲った直後から始まる。家族を皆殺しにされ、1人生き残った少年を恩人から託された百合。彼女には、とある機関で諜報の技術を学び、その凄腕を各国から忌み嫌われた過去があった。今は現役を退き、玉の井の私娼街を仕切っていたが、少年を狙う帝国陸軍の執拗さが、彼女の殺し屋の本能を呼び醒ますことに。
日露戦争後の経済恐慌や、特定の国との関係悪化という時代の空気が、恐ろしいほど現代の時勢とシンクロする。そんな中、陸軍と海軍の確執がドラマの重要な要素にもなっていく展開は、実在の人物の鮮やかな存在感もあって、わが国の近代史の匂いが生々しい。二人三脚の逃亡劇の中で、やがてヒロインと少年が心を通わせていくのは定石ながら、ありきたりの展開に日和らない強靱さがある。ハードボイルドの心に胸が熱くなる面白さは、本作を待たされた歳月に十分見合うものだ。
久方ぶりという点では、こちらも半端ない。なにせ前作から干支が一回りしてしまったのだから。『チルドレン』の家裁調査官、陣内と武藤が再び登場する伊坂幸太郎の『サブマリン』だが、物語の中でも歳月は流れている。しかし幸か不幸か、2人は異動先で再会。通行人を巻き込んだ自動車事故をめぐる過去と現在の複雑な因果関係に絡め取られていく。
正義は、さじ加減次第でその天秤をどちらにも傾けるし、善と悪との境界線も思っているほど明確ではない。それを裁かねばならない司法の役割は難しいことこのうえないが、主人公の凸凹コンビは未成年犯罪を主題に、その領域へと積極的に踏み込んでいく。飄々とした語り口で交わされる罪と罰をめぐる率直なディスカッションが、清々しく心に響く。
作家殊能将之の急逝から早や3年が過ぎ、その異能ぶりを惜しむ声は今も絶えないが、最近見つかったという短篇の数々が、1冊の作品集にまとまった。『殊能将之未発表短篇集』には、没後〈メフィスト〉誌に掲載された書簡風のエッセイと、習作時代のものと思しき3つの小品が収められている。
前者は、デビュー前夜の心情を素直に綴った内容で、後の天才作家の若き日を覗かせ、作家の卵がデビューを前にして抱く静かな熱狂が感動的に伝わってくる。一方短篇の数々からは、作者が読者として好んだ風変わりなテイストが濃厚に漂う。ひもとくうちに、ミステリだけでなく、この系統の著作ももっと残してほしかったという痛切な思いに囚われる。
『桐島、部活やめるってよ』でのデビュー以来、小説の世界だけに留まらない、まさに“時の人”として大活躍の朝井リョウだが、最新刊は〈文學界〉に載った『ままならないから私とあなた』を表題とした2作からなる作品集である。
カップリングの「レンタル世界」では、会社における体育会系の人間関係から、社会の歪みが浮かび上がる。一方表題作では、映画監督の岩井俊二が近作でも採り上げた題材を、成長していく2人の少女の物語におとし込み、いかにもこの作者らしい鮮やかな切れ味で料理している。常識的と思われがちな価値観の中にも、案外脆さや危うさが潜んでいることを思い起こさせる2作だが、その長さや主人公の属性など、対照的であるがゆえに、見事な対をなしている。
(「新刊展望」2016年6月号「おもしろ本スクランブル」より転載)