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  • 河邉徹『僕らは風に吹かれて』インタビュー 「書くことで救われた」 ミュージシャンの視点で描いた“2020年”の物語

    2021年06月12日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    「湊は色々できてすごいよ。器用だと思う」
    「この時代を生きていくためには、色々できないとだめなんだよね」

    小説『僕らは風に吹かれて』の主人公である湊は、古着屋でアルバイトをしながら“ファッション系インスタグラマー”としてフォロワー数を伸ばし、誘われてメンバーに加わったバンド「ノベルコード」は、SNSをうまく利用したセルフプロデュースも奏功してさらに勢いをつけ、順調すぎるほどの急成長を遂げていく。

    時代の波をうまく乗りこなし、運も味方につけ、高みへ向かって駆け上る湊たち。しかしそんな彼らを、コロナ禍が襲う。湊たちは、予期せず訪れた未知の時代も、器用に“乗りこなす”ことができるのだろうか――。

     

    著者は、 自身も3ピース・ピアノバンド「WEAVER」のドラマー、作詞担当として活躍する河邉徹さん。『夢工場ラムレス』でデビュー後、『流星コーリング』『アルヒのシンギュラリティ』とファンタジー色の強い小説を続けて発表してきましたが、4冊目は、これまでとはうってかわって、〈今〉をミュージシャンの視点から描く内容となりました。

    前作『アルヒのシンギュラリティ』刊行時のインタビューで「“非日常・非現実の世界”に触れる感動を、小説でも届けたい」と話していた彼が、『僕らは風に吹かれて』を書くことで新たに見つけたものとは? お話を聞きました。

    河邉徹(かわべ・とおる)
    1988年6月28日、兵庫県生まれ。関西学院大学文学部文化歴史学科哲学倫理学専修卒。ピアノ、ドラム、ベースの3ピース・ピアノバンド「WEAVER」のドラマーとして2009年10月にメジャーデビュー。バンドでは作詞を担当。2018年5月に小説家デビュー作となる『夢工場ラムレス』を刊行。2作目の『流星コーリング』が第10回広島本大賞(小説部門)を受賞し、3作目『アルヒのシンギュラリティ』(2020年8月発売)も、TBS「王様のブランチ」BOOKコーナーにて「SHIBUYA TSUTAYA週間総合ランキング」第1位として紹介され、話題になる。

    ※『僕らは風に吹かれて』が「寄付つき商品」になりました※
    3月10日に刊行され、サイン本が即完売、発売後1週間で重版が決定するなど反響を呼んだ『僕らは風に吹かれて』。5月21日、出版元のステキブックスが、同作を「寄付つき商品」とすることを決定しました。
    著者の河邉徹さんは初版の印税の一部を、ステキブックスは、同作が一冊売れるごとに100円を「新型コロナウイルス緊急支援募金」に寄付します。この募金に集まった寄付は、新型コロナウイルス対策で活躍する医師、看護師、ボランティアの活動資金などに活用されます(→日本財団公式サイトへ)。

    ―― 新型コロナウイルス感染症拡大の影響を、音楽業界はかなり早い段階で受けましたよね。WEAVERも、思うように活動できない日々が続いています。コロナ禍のなか、どんなふうに過ごしていらっしゃいましたか。

    小説家デビュー時から毎日のように何かしら物語を書き続けてはきましたが、こんなに小説の存在に救われたことはなかったと思います。ライブをして音楽を届けることが自分を自分たらしめていると思っていたのに、ライブどころか、リハーサルもレコーディングもできなくなって、いつまたできるようになるのかもわからない。昨日と同じように窓の外が暮れていくのを「今日も俺、何もしてないな」と暗い気持ちで眺める。僕と同じように、焦りや苦しみを覚えていた人は多いと思います。「この感情を物語にして残そう」という目的を持ったことで救われましたが、それを決めるまでの間は、そんなふうでした。

    “裏側の世界”との層になっているような構成は、最初からぼんやりとイメージしていたので、もとになるシーンや浮かんだセリフを2020年の4月頃から書きとめ始めて、8月にはある程度まで書き上げました。その時は第4章で完結させるつもりで、それ以上先のことは僕には書けないと思っていたので、現在の形ではないですけれど。

    書いている時、物語が後半へ向かうにつれて「今の感情を物語にして残しておくことが、ライブを奪われた僕たちの、コロナへの精一杯の反撃になるんじゃないか」という思いも強くなっていきました。出版できるのかもまだ決まっていませんでしたが、完成したらできるだけ多くの人に読んでもらいたいなと。書き上げたあと、中村航さんが読んでくださることになり、「すごくいいです。興奮しています。一緒にやりましょう」と言ってもらえて、ステキブックスから出版していただくことになりました。

    ―― 以前、小説を書く時に音楽を聴いているとおっしゃっていました。今回はやはり、ボブ・ディランの「風に吹かれて(Blowin’ in the Wind)」ですか。

    そうです。最初のうちの仮題はそのまま、『風に吹かれて』でした。出版にあたって加えた「僕らは」という言葉が、僕と読者の皆さんをつなげる言葉になっていたらうれしいです。

    ―― デビュー以降、ファンタジー色の強い作品を続けて書いてこられましたが、今作ではひりひりするほどリアルに、ストレートに今を描いています。スタジオで音合わせした時の高揚感や、ライブの熱狂も、実際にミュージシャンである河邉さんだからこその描写だと思いました。その一方で、だからこそ、湊たちの葛藤や絶望もよけいにリアルなものとして感じられるんですよね。“私小説”として受け取られる可能性もある、ということへの懸念はありましたか?

    やっぱり、「WEAVER」を応援してくださっている方々、「WEAVER」に限らずバンドを好きな方がたくさん読んでくださっているので、湊たちの姿に重ねて読む方も多いと思います。それについては、僕は、ミュージシャンである僕が書いた物語だということ、僕だから書けた物語だということを、ポジティブに捉えてくれたのだと受け取っています。

    ただ『僕らは風に吹かれて』は、エッセイではないんですよね。フィクションの物語です。さきほど「小説に救われた」と話しましたが、それって「やるべきことがあってよかった」という意味だけじゃなく、書き進めるなかで「僕にとっての“小説”の役割には、こんな面もあったのか」という発見があったからでもあるんですよ。

    ―― 前作のインタビューでは、小説を書く動機について「(メロディーの助けを借りずに)言葉だけで表現して、誰かの心を動かすことに挑戦してみたかった」と話していらっしゃいました。

    『僕らは風に吹かれて』を書いている時に、世の中では緊急事態宣言が発出され、“コロナ禍”といわれる状況になって、このウイルスが果たしてどんなものなのか全貌がつかめないまま、僕の場合はライブが軒並み中止になり、音楽活動がすべてストップしました。みんな何が正解かわからないから、SNSを見ても、テレビをつけてみても、誰かを批判して、否定して、とにかく誰かを攻撃することで自分を保とうとしている。僕だってミュージシャンとして直接影響を受けていますから、社会に対して思うところはたくさんありました。でも、SNSで意見や不満を述べようとは思わなかったんです。ずっと言葉で表現する活動を続けてきたのだから、感じていることは、作品にして伝えるのが自分らしいはずだと思いました。

    そして、いざ小説を書いてみると、「小説」というフィルターを通すことで、自分の思いを客観的に表現できるだけじゃなく、自分の思いではないところも表現できた。蓄積されていた“言語化できない違和感“も、明確な答えが出せなくても、そのまま登場人物の言葉として発することができました。それがすごく面白かったです。

    僕が書くものなので、もちろん僕の感情や体験は下敷きにありますが、登場人物たちは「僕」ではありません。それが前提にあるおかげで、表現できる感情がぐっと広がりました。初めて書く小説だったら、きっと、こういうことはできなかったと思います。作品を重ねてきたから、「自分の経験」と「物語を構成するための要素」をうまく組み合わせられるようになりました。

    ―― 作中では、コロナ禍に翻弄されながら、湊たちが「自分自身の価値」を自らに問う姿も描かれています。河邉さんご自身はこの“価値”というものを、どんなふうに捉えていますか。そもそも「WEAVER」が始まったきっかけは、なんだったのでしょう。

    僕らの場合は、高校1年生の時に、たまたま3人が同じクラスになったのがきっかけです。それぞれ中学生の頃に楽器をやっていて、バンドに対する憧れもそれぞれにあったので、まずは一度一緒にやってみようと。「憧れていたバンドを自分たちが今やっている」という高揚感もあったし、実際に楽しかったので、自然に活動が続いて、メジャーデビューを目指すようになりました。

    「メジャーデビューにするにはどうすればいいのか」「どうすれば有名になれるのか」ということも、高校生くらいから具体的に考えていました。たとえばオーディションに出る、レコード会社にデモテープを送ってみるというのも一つの手段ですし、スタジオ練習をきちんと録音しておいて、みんなで振り返るとか、そういうことも普段からしていました。

    ―― 有名になりたかったのはなぜですか?

    僕の場合は、高校3年生の春休みから大学に進学するまでのすごく短い期間、すごく好きだった人と付き合うことができたんですよ。自分には釣り合わないと思うくらいかわいくて好きだったんですが、なんやかんやで別れたんですよね。

    その時、まだ若かった僕は「自分がもし日本一の人気ドラマーだったら、きっと彼女は僕のことを振らなかっただろう」と思いました。技術を身につけることよりも、有名になることが自分の価値を上げると思っていたんです。好きな子に価値のある人間だと感じてもらいたいというのが、有名になりたい理由でした。

    ―― 今はどうですか。

    今は「好きな子に認められたい」というような気持ちはありませんが、もっと複雑です。ミュージシャンであり続けるためには売れなければなりません。音楽を続けるためには、人よりも音楽に時間をかけなければならなくて、そのためにはまず売れなきゃいけないですよね。売れなければ、音楽ではないこと、たとえばアルバイトに時間を割かなければならない。

    でもそれは、うまくバランスをとるという話じゃない。「これくらいでいいかな」という程度では質も人気も落ちていく一方なのが、この世界の本質だと僕は思っています。売れよう、駆け上がろうと必死に努力することに、運がついてきて初めてやっと、“平行線”を保てるというのが実際のところです。平行線であって、右肩上がりではありません。だから、どんなミュージシャンも一生懸命なんだと思います。

    ――「河邉徹」は、ミュージシャンであり、小説家であり、作品としての写真もたくさん撮っています。

    どれも好きだからやっていることですが、それを組み合わせることで「僕だから生み出せた作品」ができるかもしれないなと思っています。“稀少性の高い存在になりたい“というのは、『僕らは風に吹かれて』にそのまま重なるところですね。「こんな人ほかにいないよ」というところは、今も目指しています。

    ―― 今作では、勢いに乗っていたノベルコードのメンバーが、ある時突然ライブを奪われ、自分たちがすべきこと、できること、したいことの間でそれぞれに悩む姿も描かれています。湊はもともとインスタグラマーとして成功していましたが、それは「インフルエンサーとして成功しよう」という意志があってのことではありませんでした。「新しいやり方で成功している人がいるのはわかっているけれど、それは自分にはできない」という“変化に適応できないことへの苦しみ”にも、共感した読者は多いのではないかと思います。

    まん延防止のために有観客のイベントが中止になるなか、無観客イベントの配信に切り替えたり、動画コンテンツの配信を始めたりと、僕たちミュージシャンだけでなくいろんな人たちが、それまでとは違うファンとの接点を持とうと工夫したり、新しくビジネスを始めたりしました。今までは同じ額のチケットを買って、同じ空間で音楽を楽しむシステムだったのが、それぞれの場所で配信を見ながら、投げ銭で応援の気持ちを表して、配信側はそれが収益になる。そんな仕組みも当たり前になっています。

    でも、僕はその考え方(投げ銭のシステム)にまだうまく馴染めていません。違和感があったし、もっと言うと「成功しているからって、それに馴染もうとするのはかっこ悪い」とすら思うこともあります。僕はこれまで「音楽」や「小説」という価値のある商品を作って、それを聴いてもらったり、読んでもらったりして、商品の対価としてお金を受け取ってきました。だから、ただ自分が画面に映って話すだけとか、商品以外のものでお金を受け取るというのが、どうもしっくりこないんですよね。

    それはどちらが正しいかという話ではなく、人の価値観がそれぞれ異なっているのと同じで、僕の感覚が古いだけです。アップデートが必要な部分かもしれません。違和感がないか、違和感があっても「今はこのやり方でいこう」と割り切れる人が、成功するんだろうなと思います。だけどきっと、音楽を届ける側の僕だけじゃなく、たとえば僕らの音楽を受け取ってくれているファンの皆さんのなかにも、同じようにもやもやとした思いを持っている人はいたんじゃないでしょうか。そういう肯定も否定もできない感じが、「小説」でならありのまま伝えられるし、共有できるだろうと思いました。

    ―― そうして自分自身の価値を見つめて、『僕らは風に吹かれて』を書き終えた今、やりたいこと・やるべきことへの思いに変化はありましたか。

    変わりませんでした。ミュージシャンは何とかしてライブを続けて、音楽を届けるしかないと思っています。「元の世界に戻るといいな」とは思うけれど、感染者数の推移がニュースにならないような状況が訪れたとしても、すべてが解決し、その間に失われたものが戻ってくるわけではないでしょう。実際に、緊急事態宣言が解かれて、もうライブハウスでクラスタが発生していなくても、動員数を半分にして換気をしっかりして、どんなに安全対策を講じていますと言っても、「心配だからまだ聴きに行けない」「立場上聴きに行けない」という声は実際にたくさんあります。それが現実です。

    だから、それでもライブをするしかない僕たちには、すごく厳しい世界が待っていると思います。どうするのが正解かはわかりません。それでも、生きていかなきゃいけない。現実から目をそらさずに、そのうえで必要なことを『僕らは風に吹かれて』では書きました。

    具体的な西暦は書いてなくても、間違いなく「今」の物語であるとわかるよう、アイコン的な固有名詞も随所に散りばめています。僕がこれまでの世界からコロナ禍へ変わっていく様を描写する物語を書くのは、きっと『僕らは風に吹かれて』が最初で最後です。2020年に生まれた小説として、残っていくといいなと思います。

    僕らは風に吹かれて
    著者:河邉徹
    発売日:2021年03月
    発行所:ステキブックス
    価格:1,386円(税込)
    ISBNコード:9784434285912




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