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文武両道だが出不精の兄と明朗でお節介焼きな妹。楽しみな時代小説新シリーズの誕生!
素直なヒーローが騒動を解決していく、気持ちのいい物語
軽快なストーリーと魅力的なキャラクターで評判になった、文庫書き下ろし時代小説『姉上は麗しの名医』でデビューした馳月基矢の最新刊が上梓された。新シリーズの2カ月連続刊行第一弾だ。
時は文政4年(1821年)。小普請入りの御家人の白瀧勇実は、境を接した矢島家の離れを使って、手習所の師匠をしていた。勇実は文武両道だが、面倒くさがりの出不精。彼の妹の千紘は明朗でお節介焼きだが、兄にはつい強く当たってしまう。なお、矢島家は剣の道場を開いており、跡取りの龍治がいる。白瀧兄妹とは、昔から仲良しだ。この3人がメイン・キャラクターである。
本書は短編4作で構成されている。冒頭の「つき屋始末」は、千紘たちがよく出入りしている煮売屋つき屋が、ごろつきたちに絡まれ強請られる。このことを知った千紘は黙っていられない。勇実と龍治を連れて、つき屋に向かう。だが、つき屋の主人の態度は、どこか煮え切らないのだった。
素直なヒーロー。本作を読んでいるうちに、そんな言葉が頭に浮かんだ。3人が騒動に首を突っ込むのは、自分の知り合いが困っているならなんとかしたいという、素朴な感情に動かされてのことだ。一件の事情が見えてくれば、いたずらに正義感を振り回すことなく、事態を解決に導く。そのためには矢島家と縁の深い、目明かしの山蔵親分に話をし、協力してもらう。無理のない範囲で全力を尽くす、若者たちの行動が気持ちいい。
続く「恋心、川流れ」は、舟から川に落ちた女性を、勇実が飛び込んで助ける。その後、女性を屋敷で看病する一方、彼女の身元を捜そうと千紘たちが奔走する。騒動の裏には、不実な男と一途な女の物語があった。それを知りながら女性と優しく向き合う、勇実の姿が印象的だ。第3話「神童問答」は、教育ママに連れられて手習所に入門した神童に勇実が、学ぶことの意味と楽しさを教えていく。併せて千紘が教育ママの抱えている事情を知り、心を解きほぐすのだ。勇実・千紘・龍治の3人は、常に個人を尊重し、勝手な押し付けをしない。話が進むにつれ、そんな姿勢が露わになり、どんどん彼らを好きになってしまうのである。ここが一番の読みどころだ。
だが第4話「道を問う者」で、勇実を勘定所に推挙しようとする尾花琢馬という人物が現れ、勇実たちの日常を波立たせる。手習所の生活はモラトリアムなのか。勇実はどうなるのか。答えは本書では出ない。だから次の巻が、待ち遠しくてならないのだ。
その他にも、手習所の子供たちの成長や、ちらりと出てきた実在人物の名前など、先のストーリーを期待させるフックは多い。楽しみなシリーズの誕生を、大いに喜びたいのである。
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(レビュアー:細谷正充)