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“2016年、最も泣ける映画”として話題の「世界から猫が消えたなら」(出演:佐藤健、宮﨑あおい)。川村元気さんによる原作小説は2013年本屋大賞にノミネートされ、120万部を超えるベストセラーとなっています。
今回は、映画プロデューサーとしても作家としても売れっ子の川村元気さんから、書店にまつわるエッセイをお寄せいただきました。登場するのは有楽町にある、あの本屋さんです。
川村元気
かわむら・げんき。1979年、横浜生まれ。映画プロデューサーとして『告白』『悪人』『モテキ』『バケモノの子』などの映画を製作。著書に小説『世界から猫が消えたなら』『億男』、絵本『ティニー ふうせんいぬのものがたり』『ムーム』、宮崎駿や坂本龍一らとの対話集『仕事。』等。近著は、養老孟司、若田光一、佐藤雅彦ら理系人との対話集『理系に学ぶ。』、ハリウッドの巨匠達との空想企画会議本『超企画会議』。
有楽町の駅を降りて、東京交通会館の一階にある入口に入る。
最初に見るのは、旅行誌のコーナー。インド、ニューヨーク、チェコ、アルゼンチン、モロッコ、ロシア。次の休みにバックパックを背負って行く旅先を想像しながら、旅行誌をめくる。
次に、ファッション誌。いくつかの女性誌をこっそりと手に取り、流行りをチェック。男性誌は、コンサバなものからエッジの立ったものまでひと通り目を通す。隣にあるカルチャー誌コーナーに移動。好きな雑誌をいくつか見て、グルメ誌にも目を通す。ファッション誌やカルチャー誌の栄枯盛衰はわかりやすい。編集長の個性で、表紙から特集まですべて変わってしまう。人の欲望と直結しているこのコーナーから感じるものを大事にしている。
レジの先には、小説の単行本コーナー。好きな作家の新刊から、若手作家のベストセラーまでひと通り眺める。注目するのは書店員みずからが書いたポップ。ひと目で、その本に対する熱量がわかる。熱量が本当に高い本は、必ず買う。エンド台にしても、どの本のとなりに、どの本を置くかで書店員の気持ちがわかる。その想いを想像しながら、棚を見て回るのが好きだ。
その奥には、海外小説の棚。こぢんまりとしたコーナーだが、決定的な出会いはこの棚から生まれることが多い。幾多の困難をくぐりぬけて、日本語に翻訳された小説。誰かの強い想いがなければ、日本に届かなかった本たち。当然ながら、ひとつひとつに力がある。まだ触れていない価値観、出会っていない感覚に出会えることを期待して、未知の作家に手を伸ばす瞬間が楽しい。
対向にはビジネス書の棚がある。小説の棚が感情的に並べられているとしたら、ビジネス書の棚には合理的なシビアさがある。何が売れているか? それがすべてだ。でもそのシビアさも嫌いではない。戦う相手は日本人だけでなく、海外のベストセラーとも戦う。人間の盲点が、まだこれほどまでに残っているのだと、驚かされることも多い。
二階に上がると、コミックスの森。揃えているコミックの新刊が出ていないかをまずチェック。好きな漫画家の最新刊はもちろん、気鋭の新人の登場に期待しながら見て回る。あたらしい「絵」の感覚と出会うことがあると、嬉しくなる。テキストからは発想し得ないキャラクターや物語が生まれる瞬間になるべく早めに立ち会いたいと思っている。
二階の中心エリアに広がる文庫の森。単行本で気になる本は網羅しているはずなのだが、それでも漏れはある。装丁が変わることで、思わぬ出会いをする本もある。見落とさないように見て回る。古いアルバムを見るように、懐かしい本と再会し、思わず買ってしまうこともある。
最後に、二階の一番奥まったところにある絵本のコーナー。レギュラーメンバーががっちりと陣取るなかで、いくつかの新人たちが顔を出している。子どもに向けて、絵描きやストーリーテラー、時には詩人や学者までもが知恵を絞って生み出した世界。そこには想像もし得ないアイデアが転がっている。ここでサバイブした本が何十年もかけて名作になっていく。まるでワイン蔵のような楽しさがここにはある。
約一時間。書店の冒険が終わる。気づけば手には十冊を超える本がある。
そこから吟味を重ねて、半分をレジに持っていく。欲しいものをすべて買うのではなく、なにが本当に読みたい本なのかを自分に問うこの時間をとても大切にしている。そのプロセスで自分が、なにに薄く興味があり、なにを深く知りたいのかがわかる。脈絡がないような十冊だとしても、そこには「自分」が必ずいる。いまの自分を知るために、自分が手にした十冊と向き合う。
そして五冊がレジに到着する。それらの本が、時に映画になり、時に小説のモチーフとなる。いずれにせよ、お金を払う前にこれだけ楽しませてくれる場所はそうそうない。ありがとう三省堂書店有楽町店さん。
著者の新刊
[日販MARCより]
ウディ・アレンと「モテキ」を作ったら。スティーヴン・スピルバーグと「宇宙兄弟」を作ったら…。「世界から猫が消えたなら」「億男」の川村元気が、ハリウッドの巨匠と空想企画会議。
[日販MARCより]
出版界に新風を吹き込む文系代表・川村元気が、「文系はこれから何をしたらいいのか」をテーマに、最先端の理系人15人から聞き出した「文系が未来をサバイブする」方法。言葉で読み解く理系脳。
(「日販通信」2016年6月号「書店との出合い」より転載)