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赤塚不二夫さんや手塚治虫さん、楳図かずおさんに始まり、あだち充さん、高橋留美子さん、青山剛昌さん、藤田和日郎さん、満田拓也さん……と名だたる漫画家たちが作品を発表してきた「週刊少年サンデー」(小学館)。現編集長・市原武法さんが2015年7月の就任時に掲げた“大改革”の衝撃を覚えている方も多いかと思いますが、それから約6年、サンデーでは、新たな看板作品が着実に誕生してきています。
今回は「週刊少年サンデーの今」を担うヒットメーカーとして、小倉功雅さん(担当作:『葬送のフリーレン』『古見さんは、コミュ症です。』など)、原俊介さん(担当作:『よふかしのうた』『死神坊ちゃんと黒メイド』など)の2人にインタビュー。
編集者としての歩みや漫画に対する考えを伺いながら、「面白い漫画って何だろう?」「サンデーらしさって何だろう?」に迫ります。
原さんに続き、この記事では、『葬送のフリーレン』『古見さんは、コミュ症です。』などを担当している小倉さんのインタビューをお届けします。
―― まずは入社以降の担当作と、そのなかで印象的だった仕事についてお聞かせください。
2009年に小学館に入社して、原と同じく1年目で少年サンデー編集部に配属されました。
最初に担当させていただいたのは、クリスタルな洋介先生の『オニデレ』で、その後、安西信行先生の『MIXIM☆11』を担当、2年目の途中から青山剛昌先生の『名探偵コナン』を担当することになり、青山先生とは4年弱ご一緒しました。その後『古見さんは、コミュ症です。』『保安官エヴァンスの嘘』『リサの食べられない食卓』『ノケモノたちの夜』『葬送のフリーレン』などの立ち上げに携わりました。同時に、『柊様は自分を探している。』『マギ』『蒼穹のアリアドネ』なども担当させていただきました。
印象に残っているのは、もちろんすべての作品なので悩みますが、特に言うなら『名探偵コナン』でしょうか。若手の時に長く担当させていただいたので、ひよこの刷り込みのような種類の敬意があります(笑)。「20代後半は青山剛昌先生と『名探偵コナン』に捧げた」と思っているくらい、密度の濃い時間を過ごして、必死で働いた気がします。
―― 2年目の半ばから4年弱というと、単行本第70巻あたりから10数巻分といったところでしょうか。
そうですね、『名探偵コナン』は、第73巻のラーメン屋さんの話から第86巻の途中まで担当していました。
▼第73巻収録の「死ぬほど美味いラーメン」。“小倉功雅”という名前のラーメン店主が登場する
最初の1年くらいは、当時副編集長だった先輩も編集長になるまで打ち合わせに参加していました。その頃の打ち合わせで世良ちゃん(世良真純)が出てきて、それ以降、安室透や赤井ファミリーの面々がどんどん登場してきます。劇場版には第15弾「名探偵コナン 沈黙の15分」の途中から第18弾「名探偵コナン 異次元の狙撃手」まで携わって、その間には「ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE」「江戸川コナン失踪事件 史上最悪の二日間」などのコラボ作品もありました。若手の立場で、派手な仕事もさせてもらいました。赤井秀一が特に好きなキャラクターだったのもあって、そんな時期に担当させてもらえたことも、強く印象に残っている理由の一つです。
これまでお世話になった先生は、すでに話したクリスタルな洋介先生、安西信行先生、青山剛昌先生のほか、西森博之先生、大高忍先生、八木教広先生など、ヒット作を世に出している先生方を担当させていただきました。皆さん本当に漫画愛が強くて、面白いお話をいろいろと聞かせてくださり、たくさんのことを学びました。
『名探偵コナン』を後任に引き継いだ後は、編集5年目で、前任から引き継ぐかたちで、当時『デジコン』の連載予定だったオダトモヒト先生を担当することになります。『デジコン』連載終了から約半年後に『古見さんは、コミュ症です。』の読み切りがサンデーに載って、そこから連載を目指し、2016年5月に本誌連載がスタートしています。
―― 担当になった時、すでに『名探偵コナン』は国民的人気作だったわけですよね。プレッシャーは感じませんでしたか。
青山先生がすごく優しくて気さくな方だったので、話しやすい環境を作ってくれていたと思います。個人的には勝手に、「第二の父」だと思っています(笑)。国民的漫画家の作る、すでにこれだけ売れていて面白い作品なので、まだ2年目の僕が担当したことでつまらなくなることはまずないのでは……と思っていました。
もちろん、もっと面白くなるように手伝えたらいいなとは強く思っていました。赤井秀一や黒ずくめの組織のストーリーが大好きでしたから、「赤井秀一が実はどんな人物なのかもっと知りたいです!」と、熱い気持ちを常にお伝えしていた気がします。先生は面倒臭かったかもしれませんが(笑)。
―― ほかにも、担当されていた期間に生まれた「安室透/バーボン/降谷零」というキャラクターは、2018年公開の劇場版第22弾「ゼロの執行人」で爆発的な人気を得、彼を主人公にしたスピンオフが生まれるまでになりました(『名探偵コナン ゼロの日常』)。
安室透は、当初のネームでは「黒ずくめの組織の一員」というだけで、公安警察という設定はまだなかったと記憶しています。青山先生も僕も、当時より少し前に放送されていた堤幸彦監督のドラマ「SPEC」シリーズが大好きだったので、「公安ってかっこいいですね」「公安モノはわからないことも多いし、大変そう……」「でも、かっこいいですね!」など話していたのを覚えています。
―― すごい熱意(笑)。
青山先生にしてみれば、安室透に公安警察の要素を加えることで『コナン』全体がさらに領域を広げることになるので、どう落とし込むか考えていらっしゃったんでしょう。安室登場の1話目のネームから原稿執筆に進む段階で、「小倉くん、安室透はやっぱり公安にしようかと思う。嬉しい?」と青山先生に聞かれたのが印象に残っています。作り手としてはとても難しい方向への選択だったと思いますが、僕は若い編集だったので考えも浅く、「嬉しいです!!」と即答しました(笑)。
かっこいいキャラクターなので絶対に人気が出ると思っていましたが、まさかあれほどまでファンに愛されるとは、さすがに予想できませんでした。
―― 青山さんを近くで見てきて、漫画編集者として一番学んだことはなんですか?
「面白いかどうかに対する判断」です。面白い・面白くないって、すごく不明確なものですよね。若手編集だった僕は、面白いかどうかを「自分が好きかどうか」で判断していた部分もあったと思います。今はできている、というわけではないですが(笑)。
青山先生との打ち合わせではよく、トリックを考える時に、仕事場で一緒に映画やドラマ、アニメを観ました。青山先生は、映画はもちろん、アニメやドラマの新クールが始まるとほぼすべての作品をチェックしていて、「これ面白いよ」「小倉くん、これは観た?」とたくさん教えてくださいました。意外なお話や視点もあったりして、「世間が面白いと思う作品を作っている人が、こういう作品のこういう部分を『面白い』と思っているんだ」と、その時は不思議に思ったりもしつつ、いろいろ質問して、すごく楽しい雑談をしてもらっていました。幸せな時間です(笑)。
ただ、楽しい一方で、青山先生の感じる“面白さ”の基準がどこにあるのか、すごく注意深くお話を聞いてもいました。見極めるセンスをお持ちで、そのうえで自然な訓練も長年続けてきた方です。お話ししながら、なんとなくでもその基準を理解して掴もうと努力しました。同じ感覚は無理でも、近いところで“面白さ“を理解しないと、コナンにも迷惑をかけてしまうので。
読者としてなら、自分の“好き”の基準で作品を判断すればいいですが、雑誌を発行すること、そこで漫画を連載してもらうことは、会社にとっては「投資」です。漫画雑誌や単行本を作るうえでのいろいろな諸費用を回収できなければ、商売として成り立ちません。それに作家さんも、本誌で人気を獲得して単行本が売れなければ商売を続けられません。だから好き嫌いとは別に、「できるだけ多くの人が面白いと思うもの、買いたくなるもの」としての基準を持たないといけないと思っています。その基準に対して“好き”は人それぞれなので、大なり小なり絶対にズレているんです。そのズレを自覚することがまず大事かと思っています。トライ・アンド・エラーを繰り返すしかないですが、今もその訓練は意識し続けています。
―― 小倉さんの“好き”なものを教えてください。
映画が好きで、古今東西問わずに何でも観ていました。学生時代、特に高校生の頃は、アルバイトのお金を投じて、年間に400本くらい。好きな映画作品は?と聞かれた時に答えている作品があって、「ニュー・シネマ・パラダイス」「グッバイ、レーニン!」「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」「スモーク」。もちろん映画以外に、漫画や小説も昔から好きです。家の近所に古本屋さんや貸本屋さんもあったので、サンデーだけでなくジャンプ、マガジン、チャンピオンの少年漫画はもちろん、青年漫画含めて、漫画は片っ端から読んでいました。
“物語”が好きなんだと思います。今はフィクションの物語よりも、ドキュメンタリーの番組や小説が多くなりましたが。
―― 物語が好きだったのはなぜでしょうか?
たぶん、現実逃避したかったからだと思います。
満たされた人が「物語」に夢中になることって、あまりないと思っています。内面に欠けているところがあったり、コンプレックスがあったりするから、悩みや考える部分があって、物語を好きになる。僕も根本的にはどこかが欠けていて、だから、ずっと物語を好きでいるんだと思います。
でも今は、職業病かもしれませんが、そういうことを俯瞰して見るようになってしまいました。フィクションの物語よりもドキュメンタリーにたくさん接するようになったのは、編集者という仕事のためです。
―― どういうことでしょう?
おおざっぱな言い方になりますが、僕は、物語は「感情を届ける」ものだと思っています。漫画は、物語を届けるための一つの媒体、手段であり、感情を漫画に落とし込むことで、絵やキャラ、セリフの巧みさから「感情」が増幅されて、物語として読者に届き、心を動かす。それが良いものであればあるほど、より多くの人に届き、商業的にも成功して、作家さんの利益にも繋がる。編集者の役割の一つは、そのために「伝道師」として存在することです。漫画を作るお手伝いをして、世に送り出すことを、僕はそういうふうに考えています。
だから「感情」は、物語の素材です。ドキュメンタリーに多く接するのは、事実が描かれていて、そこにあるのがより“生”に近い、本物に近い感情だと思っているからです。ある感情を咀嚼して作家さんにお伝えする時、それが“本物”であるほど説得力があります。
―― なるほど、「素材としての純度が高い」ということですね。
そうです。趣味という意味での“好きなもの”は少なくて、入社以来、先輩たちからずっと「趣味を作れ」と言われ続けてきました(笑)。基本的には四六時中漫画のこと、物語や作家さんや読者のことを考えているので、合間の時間は、「漫画モード」からログアウトして頭の中を空っぽにしようとしています。西森先生と一緒にやっていたゲームを、一人ひっそりと何年も続けているとか(笑)。
―― 原さんのお話に「好きなものを定点観測して、時代の移り変わりを感じる」という内容があったのですが、小倉さんは漫画づくりにおいて、どれくらい時代性を意識しますか。
無意識に反映されていることはあると思いますが、意図的に意識しないようにしています。というのは、人間の本質は今も昔もきっと変わらなくて、そこに欠点も含めた人間としての普遍的な魅力があり、時代を反映していることよりも、そういう人間臭さを掴んでいることのほうが、作品の求心力に繋がっていると思うからです。
人間の本質を掴んだうえで世相をうまく織り交ぜられたらいいのかもしれませんが、僕はどうしても“芯の部分”にあるものを見ようとしてしまうので、そのあたりの器用さがないんです。作家さんが取り入れたいとおっしゃっている場合はもちろんできるだけ調べて打ち合わせしますが、積極的に時代性を盛り込む提案はあまりしないです。
面白さの核にあるものはやっぱり「感情」で、それをどういう形に表現すれば、エンタメとして読者が受け取ってくれるか。それをいつも考えています。漫画には「画」という感情表現の見えやすい部分があり、それが面白さを作る一つの要素ですが、設定やストーリーは、それだけだとただの情報の羅列です。それを面白くするのは、そこに感情があるか、人間がいるかだと思っています。よく言われる「キャラクターが描けている」というのは、つまりそういうことだと思います。
―― そこに行き当たるために、編集者としてどんなふうにアプローチしていますか。
漫画家さんに描いてみていただかないとわからない部分が大きいので、まずは編集意見を途中で挟まずに、作家さんの描きたいものをそのまま描いてもらうことが多いです。そして、感情の核の部分が作品にあるかどうかを、ネームの時にかなり注意深く拝見します。
また、核の部分があったとしても、漫画として面白いかどうかは別です。そういうことを細分化して、感想をお伝えしながら、打ち合わせします。
―― 原さんが、小倉さんは「その時どう思った?」が口癖だとおっしゃっていました。
なるほど(笑)。新人漫画家さんの場合が特に多いですが、描きたいものが自分の中にあるんだけれど、どう落とし込めばいいのかが見つかっていなかったり、描きたいものを漫画家さん自身がまだ明確に意識していない場合があります。そういう時に言っているのかもしれないです(笑)。「どうしてこのシーンで、このキャラはこういうセリフを言うんですか?」「この時どういう感情になっているんですか?」と聞いてみることで、どこに“核”があるのかを見つける手助けになれたらと思っています。あと、僕も漫画家さんの心の奥底をまず知りたいからです(笑)。
それに“核”の部分って、本人からしてみるとあまりに当たり前のことだったりするんです。「ここをもっと掘り下げてもらいたいです」「この部分にきっと人間らしさがあるので、キャラクターが魅力的になると思います」とお伝えした時、「当たり前すぎて描くほどのことじゃないと思っていました」と先生がおっしゃることも時折あります。
――『葬送のフリーレン』を読んでいて、さっき話されていたような“感情としての純度の高さ”をすごく感じていたんですよね。出発点は「ある勇者が死んだ。その勇者は、自分がかつて共に戦ったパーティーの一人だった」というだけ。主人公のフリーレンにとって仲間がどんな存在で、仲間たちにとってフリーレンがどんな存在だったのかはよく分からない。物語自体がずばり「旅をすることで、主人公が自分の“感情の理由”を拾い集めていく」という構成になっているんです。だから、一つひとつの感情を丁寧に描くことが、非常に重要になってくる。普遍的なことを描いているのが、かえって新鮮に感じられました。
そうですね。(原作担当の)山田鐘人先生は、そういう部分はとても丁寧に描いていらっしゃると思います。
―― この作品は、どうやって生まれたんですか?
山田先生はずっと担当しているんですが、前作の『ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア』が、良い漫画だったけれど売れなかったんです。山田先生は正直に話されることを望む人なので、思い切って「画が理由の一つかもしれません」とお伝えして、山田先生も同意見でした。それで「仕切り直して、読み切りをいくつか描いてみましょう」と提案したんですが、うまくいかない期間が半年くらい続きました。
それである時、デビュー作の勇者魔王モノをもとにしたギャグ漫画の読み切りを提案したんです。ギャグ漫画を提案したのは、「笑えるかどうか」という比較的わかりやすい基準があるからです。
そして上がってきたのが、『葬送のフリーレン』の1話目、ほぼそのままの内容でした。「全然ギャグじゃない……(笑)」と思いましたね。でも、ギャグではなかったけれど、とても面白かったんです。それで、アベツカサ先生にネームをお見せして「読み切り、描ける可能性ありそうでしょうか?」と依頼してみました。
―― 「ギャグ漫画を」というオーダーが、どうやってあの1話目に発展したんでしょうね……。ともあれ、“後日譚から始まる物語”というコンセプトも非常にキャッチーだなと思いました。そこからどうやって連載につながったんでしょう。
アベ先生からいただいたキャラ絵を見て「これはいけるかもしれない」と思いました。それで、「Webでの短期集中連載」として企画を出しました。お二人が初めてタッグを組むので、練習の意味もあって。でも山田先生・アベ先生は、まだ読み切りの認識だったと思います。企画が通ったら5話くらいまで描いてもらって、その反響次第で連載に持っていけないかな……と腹黒く(笑)思っていました。
でも、この面白さがどれくらい多くの人に最初から伝わるかは、そこまで確信が持てずにいました。“冒険の終わりから始まる物語”というコンセプトも、山田先生の中にはあったかもしれませんが、連載として考えると、当時の僕にはなかったです。作品の雰囲気は本当に魅力的なんですが、1話目にはまだ、明確に言語化しやすい面白さがないかも、と不安もありました。だからこそ「面白い」と思っていた部分もありますが。
正直に言うと、山田先生の1話ネームだけの状態で、若手編集者の時に「これは面白い! 絶対に連載までもっていける」と思っていたかというと、あまり自信がないです。山田先生が1話・2話ネーム時点では「自信はない」ともおっしゃっていたので(笑)。面白さを見逃すことはないと思うのですが、漫画家さんを連載獲得のアプローチへ案内できるか、という意味ではわからないです。経験を積んだ今だったから、うまく連載に持っていけて良かった、とホッとしています。
▼作画担当・アベツカサさんから届いたフリーレンのキャラ絵
―― 企画を提出する段階で、担当編集者としてすでに「これは売れる」と思っていらっしゃいましたか。
自信はありました。手応えを感じた瞬間が3つあるんです。
1つ目は先ほどお話しした、アベ先生の描いたキャラ絵を見た時。2つ目は、打ち合わせをして、山田先生から2話目のネームが届いた時です。最後の3つ目は、企画を回すために、2話目ネームをアベ先生に描き直してもらった時のこと。電話で話していてアベ先生が「描きながら泣きました」とおっしゃったんです。作画の方の感情がここまで乗っているのだから、これは“本物”だと思いました。
それで、最初に1話目を企画として回した時は「Webでの短期集中連載」と提出してOKをもらっていましたが、2話目を提出する時には、「本誌週刊連載企画 2話目」と封筒に書いて、「週刊連載OKもらっています」という振る舞いで編集長に提出しました(笑)。「面白いから大丈夫でしょう! 1話目の時から時間が経っているから、短期集中連載だったことは忘れているでしょう!」と、祈りながら。編集者としての欲望を優先しています(笑)。編集長は絶賛して戻してくれました。
―― わあ(笑)。でも、手応えがそれほどのものだったということですよね。読者の反応はどうでしたか?
2話まで一気に読んでもらったほうが面白さは伝わると思ったので、第1話・第2話同時に掲載して、アンケートの結果も良かったです。どういう作品かがきちんと伝わって良かった……と思いました。それから着実に読者を拡大してきたという印象です。2020年末に「このマンガがすごい!」オトコ編第2位に選ばれた時と、今年3月に「マンガ大賞」大賞(第1位)をいただいた時に、一気に読者が増えて、作品自体の認知が如実に広がったのを感じました。
社内の反応も印象的でした。第1巻を出す時に、販売部の担当者が「初版8万部です」と言ったんです。アンケートが良いとはいえ、新人漫画家さんのコンビで8万部は異例です。「2万部って言われたら『アンケート良いから4万部にしてください』って交渉しよう」と思っていたのに、8万部と言われて「え、そんなに刷ってもらえるんですか?」と驚きました(笑)。すでに連載経験のあった山田先生も、同様の反応でした。「売れなかったらどうしよう……」と、打合せしながら二人で怯えていたのをよく覚えています(笑)。でも、会社としても期待してくれているんだ、と嬉しかったです。
――『古見さんは、コミュ症です。』も、連載前の読み切り掲載時からかなり反響のあった作品ですよね。こちらは“喋らないヒロイン”という設定が新鮮でした。
出発点は、「“コミュ症”ってどうですかね?」という打ち合せ中のオダ先生の一言です。1つ目の連載が終わった後で、雑談多めの楽しげな打ち合わせを毎週していた気がします。雑談の中で「『エイプリルフールズ』という映画を観て面白かったです」とか、「吉野家ですごい美人の人が一人で牛丼を食べていてカッコ良かったです」など話した記憶ありますが、先生の発想に役立ったかは謎です。本当に雑談多めだったので(笑)。
その後の打ち合わせで先生が「コミュ症を題材に描いてみます」とおっしゃり、最初は男性キャラクターを主人公に考えていたようですが、途中で女性キャラクターに路線変更したところ、設定やストーリーが膨らんで、あの「古見さん」が生まれていました。打ち合わせ数日後の夜に電話をいただいて「女性にしてみようと思います」ということをおっしゃっていたのを覚えています。声色で、確信がありそうだと感じました。
―― タイトルに「コミュ症」を入れるのは、大きな決断だったんじゃないかなと思っているんですが。
勇気がいりました。当時、法務意見も「やめたほうがいい」でした。でもオダ先生と相談して「このタイトルじゃないと、この話を描く意味がない」という結論になり、最大限の配慮をもって「コミュ症」という言葉を扱うことにしました。
幸い、読者の皆さんもそのあたりの思いや意図をきちんと受け取ってくださって、掲載開始時から「古見さんかわいいです」「古見さんの気持ち、すごくよくわかります」と、嬉しい反応をたくさんいただきました。個人的に印象的だったのは、海外でも反響があったことです。特に北米版はかなり好調なようです。“コミュ症”は国や地域を問わず、多くの人に共通する「人間の感情の一部」なんだなということが、この作品が広がっていくことで分かってきました。
コミュ症――とは。
人付き合いを苦手とする症状。またはその症状を持つ人をさす。
留意すべきは――苦手とするだけで、係わりを持ちたくないとは思っていない事だ。(『古見さんは、コミュ症です。』より)
▲古見さんだけでなく、あがり症の「上理さん」やナルシストの「成瀬くん」など、登場人物たちはそれぞれに“特徴”をもっている
――『古見さんは、コミュ症です。』と『葬送のフリーレン』に共通点があるとしたら、何だと思いますか?
ええっ、考えたこともなかったです。何でしょうね……。
―― 乱暴な質問ですみません。
いえいえ。……やっぱり僕はどうしても“感情の核の部分”の話になってしまうんですが、「人に対する興味」かなと思います。
主人公の古見さんは、コミュ症だけど、本当はみんなと話したい。「友達を100人作りたい」という秘めた目標を持っています。そして、隣の席の只野くん。彼も、平穏な高校生活を優先して、古見さんのことをスルーしようと思えばできたはずです。でも、古見さんに興味を持った。そして古見さんは、自分に興味を持ってくれた只野くんに特別な思いを抱いていきます。
▼只野くんの入学時の目標は、「波風の立たない高校生活を送ること」だった。しかし……
フリーレンは、勇者・ヒンメルが亡くなった後に、彼に興味を持ち始めました。一方のヒンメルは、50年以上も前からずっとフリーレンに興味がありました。そのことをフリーレンは、旅をして、行く先々で彼を知る人たちに出会うことで知っていきます。
たとえばですが、母親が幼い子どものために料理を作る時、子どもの口のサイズで食べられるように食材を細かく切りますよね。きっと母親は料理をしている間、子どものことを考えていると思います。それってすごく尊い作業だと思っていて。当たり前のことかもしれないんですが、誰かを思って行動していること、自分のことを誰かが考えてくれていることって、綺麗ごとかもしれませんが(笑)、本当に幸せなことだと思います。『古見さん』も『フリーレン』も、そういうものを非常に丁寧に描いている。
物語は、衣食住と違って、生きる上で必要不可欠なものではないです。命を維持するために必要なものではないから、なくても生きていけるんですけれど、僕たちは物語を求めます。だから、心を動かす「物語」には、そういう尊さのようなものがあっても良いかと思っています。もちろんすべてに例外はありますが。
入社1年目の頃、先輩編集者に「どんな漫画を担当したいの?」と聞かれました。その時に「“優しい嘘”がある物語」と答えているんですけれど、それもきっと、その“嘘”が誰かを思ってついているものだからなのかな、と。尊いと思っている感情の一つです。
―― 実はこのインタビューの前に、原さんに「小倉さんってどんな編集者ですか?」という質問をしたんです。小倉さんから見て、原さんはどんな編集者ですか?
「自分にとって“面白い”とは何か」を、最初から持っていた編集者だなと思います。本人は試行錯誤しているのかもしれませんが、その物語、キャラ、絵、ストーリー、演出などが面白いかどうか、僕からは判断に迷いがないように見えます。
それって、僕にとってはすごく憧れなんです。もし同期入社だったら、絶対に原は僕より早くスタートダッシュを切って仕事で結果を出していて、僕はその横で「面白いって何だろう?」と、答えをなかなか掴めないまま悪戦苦闘しているだろうと思います。原が後輩で良かったです(笑)。
原の話している言葉に淀みがなくて、漫画家さんからしたら「この人が面白いって言ってくれているんだから、きっと大丈夫」と自信をくれる。彼が担当している漫画家さんたちは、すごくやりやすいんじゃないでしょうか。才能がある漫画編集者です。原に伝えると否定されますが(笑)。
―― 原さんご自身は「僕は俗っぽいものが好きで、小倉さんは本物志向なんです」とおっしゃっていました。小倉さんにはそれが、軽やかさとして映っているのかもしれないですね。
そうかもしれないです。たとえば芸能事務所で働いていたとして、タレントさんを発掘したとしても、僕は「このタレントさんってどういう人なんだろう。どういう武器を持っていて、どういうふうに売り出すべきか……」って“核”を探して考えていると思います。原は「あなたはこういう部分が素晴らしいと思う。だからこの武器をこう使えばこれからもっと売れると思う!」ってすぐ言えちゃうタイプです。わかっている部分が明確なんだと思います。
―― 漫画も、内容を知らなくても表紙を見て「あ、これは好きだと思う」ってピンとくることがありますね。それが最初の入り口だったりする。
そうですね。編集者としてどちらか片方だけが正解だとは思いませんが、それらは僕にはない、原の武器だと思います。
―― 次のサンデーを読むのがますます楽しみになりました。お忙しいなかありがとうございました!
▼『古見さんは、コミュ症です。』※2021年10月TVアニメ化決定!
『古見さん』は、とにかく古見さんの可愛さが魅力的な物語です。コミュ症という部分に感情移入できる部分があり、ポジティブな気持ちで笑って読めて、友達が増えていく嬉しさ、楽しさを味わえる作品だと思います。アニメ化も決定しています。只野くんという主要キャラクターとの関係性が軸にあり、最近のサンデー本誌では物語が動いています。漫画の担当としては、2月に後任に引き継いでいるのですが、これからますます面白さの幅が広がっていく作品だと思います。(小倉さん)
▼『葬送のフリーレン』※2021年7月16日(金)最新5巻発売!
エピソードとして特に注目してほしいのは、第1話・第2話を除くと……第5話です。それまでとは少し毛色の違う物語なので、連載時、読者の皆さんにどう読んでいただけるかドキドキしていたのを覚えています。1話完結型のお話が多いですが、ストーリーものなので、終わりを迎えるまでどんな作品になるかは分かりません。物語を温かく見守っていただけると嬉しいです。これからの展開でひとつ言えることは……、すみません(笑)、やはり言いづらいです。楽しみにしていただけると嬉しいです。(小倉さん)