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  • 『明日の食卓』瀬々敬久監督インタビュー 社会派エンタメの旗手が描く「母親」と「子」のドラマ

    2021年05月29日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    育ち盛りの2人の息子を抱え戦場のような毎日を送る、神奈川在住のフリーライター・石橋留美子(43歳)。
    コンビニやクリーニング工場の仕事を掛け持ちし、一人息子とのわずかな時間を糧にがむしゃらに生きてきた、大阪在住のシングルマザー・石橋加奈(30歳)。
    年下の夫と優等生の息子に恵まれ、立派な一戸建てで満たされた毎日を過ごす、静岡在住の専業主婦・石橋あすみ(36歳)。
    暮らしぶりも年齢も異なる3人には、互いに接点はないながら、同じ「石橋ユウ」という名前の小学5年生の息子を育てているという共通点があった。

    それぞれに息子の「ユウ」を育てながら、忙しく幸せな日々を送っていた3人。しかし些細なことがきっかけで、徐々にその生活は崩れていく。

    〈息子を殺したのは、私ですか――?〉

    椰月美智子さんによる同名小説を、『64-ロクヨン- 前編/後編』『友罪』『楽園』『糸』など精力的に作品を発表し、今年10月には佐藤健さん主演『護られなかった者たちへ』も公開予定の瀬々敬久監督が映画化した『明日の食卓』。

    瀬々監督に、本作についてお話を伺いました。

    瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)
    1960年生まれ。京都大学文学部哲学科に在学中、自主制作映画『ギャングよ、向こうは晴れているか』で注目される。卒業後、『課外授業暴行』(1989)で商業監督デビュー。『MOON CHILD』(2003)、『感染列島』(2009)などを監督。4時間38分の長尺で仕上げた『ヘヴンズストーリー』(2010)がベルリン国際映画祭の批評家連盟賞とNETPAC(最優秀アジア映画)賞を受賞。『アントキノイノチ』(2011)は、モントリオール世界映画祭ワールド・コンペティション部門のイノベーションアワードに輝いた。『64-ロクヨン- 前編/後編』2部作(2016)では、前編で日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。その後も『最低。』(2017)、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)、『友罪』(2018)、『糸』(2020)などの人間ドラマで手腕を振るう。

     

    『明日の食卓』あらすじ

    神奈川に暮らす石橋留美子(菅野美穂)は、育ち盛りの2人の息子に振り回される日々を送りつつも、長いブランクを経て復帰したライターの仕事にやりがいを感じていた。しかし、家事に育児に仕事に忙殺されるなか、カメラマンの夫が突然収入源を断たれ、夫に代わって家計を支えなければならないプレッシャーまで抱えることになる。

    大阪に暮らす石橋加奈(高畑充希)は、若くして母親になり、パートの仕事を掛け持ちして昼夜働き詰めの日々を送るシングルマザー。一人息子の成長だけを生きがいに、心身ともに余裕のない状況のなか懸命に生きてきた。

    静岡に暮らす石橋あすみ(尾野真千子)は、地元の名家に生まれた年下の夫と、心優しく勉強もできる息子に恵まれ、夫の実家の隣に建てた立派なマイホームで、優雅な毎日を送る専業主婦。しかし、絵に描いたような幸せな暮らしがずっと続いていくと思っていたある時、あすみは、思いもよらないわが子の一面を知ることになる。

    同じ「ユウ」という名前の10歳の息子を持つ3人の母親は、思い通りにいかない現実を前に、次第に追い詰められていく。
    そしてある日、一人の「ユウ」が、母親によって殺されてしまう――

     

    社会派エンタメの旗手が描く「母親」と「子」のドラマ

    ―― “昭和64年”の重要未解決事件が平成に蘇る『64-ロクヨン- 前編/後編』、過去の罪にいまも苦しむ人間の姿を描いた『友罪』、原作とは正反対のタイトルが皮肉にも感じられる『楽園』。社会派の印象が強い瀬々監督が、今度は「母親」を描くということで、『明日の食卓』に注目している映画ファンも多いと思います。まずは、原作をどう読まれたか教えてください。

    原作者の椰月美智子さんは、デビュー作『十二歳』をはじめ、児童文学や幼年童話を多く書いていらっしゃいます。『明日の食卓』を読んだときも、児童文学にも通じる筆致のやわらかさ、日常や家族関係に対する視線の細やかさをまず感じました。

    そんなやわらかさ、細やかさはそのままに、ストーリーは次第に深刻になっていく。そのバランスが絶妙でしたし、状況の異なる3人の母親たちに「年齢も名前も一緒の息子」がいるという設定と、それを軸にした構成も、非常に読ませるなと思いました。ただ、ミステリー的でありながら、わずかなズレから親子関係にボタンの掛け違いが生まれること自体は、日常に家庭で起きていることなんですよね。面白く読みました。

    明日の食卓
    著者:椰月美智子
    発売日:2019年02月
    発行所:KADOKAWA
    価格:748円(税込)
    ISBNコード:9784041074299

    ―― 映画化にあたってポイントになったのは、どんなことでしたか。

    まず、物語のなかで起きる「事件」を、新聞記事やテレビのニュースのような“第三者による説明”で扱わないこと。それから、“事件”が起きたあと、それぞれの家族がそれをどう乗り越えていくのかを描くこと。そして、3人の母親たちだけでなく、さまざまな人の視線を織り交ぜることで、母親たちの「母親以外の面」を見せることでした。

    ―― ある時点で「ユウくん」の心情が観客に提示されるのは、原作からの大きな変更点ですよね。

    映画化にあたって意図的に盛り込んだことの一つで、3つの家族が“事件”を乗り越えていく姿を描くには欠かせないものでした。

    実はこの話は、映画においては、最後の30分間に描いたことが非常に重要なんです。母親がメインの物語ではありますが、母親の気持ちだけでは“事件”を乗り越えていくことはできません。母親と子どもがきちんと対峙してからが始まりで、母親も子どもも、それぞれの立場で自分たちの問題に向き合わなきゃならないんです。

    椰月さんが書かれた物語の巧みさは、小説ならではのものでもあって、そのまま映画にするのは難しかった。物語のテーマより「ええっ」と驚いた衝撃のほうが大きくなって、作品としてブレてしまうと思いました。

    ―― 母親たちにぐっと意識が向いていたのが、子どもの心情が見えたことで“フェアな状態”に引き戻されるような感覚がありました。母親の思いがすべて伝わることはなくても、子どもは子どもの視点でしっかり親を見ている。それは逆も然りで、夫婦やきょうだいについても同じことがいえるなあと。当たり前のことなんですけれど。

    映画オリジナルの要素としてあすみの父親(菅田俊)を登場させたこともそうですし、大東駿介くん演じるあすみの夫・太一が号泣するシーンなど、映画では母親たち以外の人物にもフィーチャーして、少しモザイク状に入り組ませるような構成にしました。

    母親たちも自分の親の前では子どもだし、夫であり父親である彼らにも、子どもだった頃がある。一人の人間にはいろんな面や役割が同時に存在していて、見る角度や切り取り方によって立場は変わるんです。現実の世界ってそうですよね。そういうふうに、母親をとりまく人たちにも目を向けることで、物語全体を見るときの視野を少し広げようと思いました。特に、家族・家庭における男性たちの存在は、濃く出ているんじゃないかと思います。留美子の夫・豊(和田聰宏)のシーンには、批判の声もあるんですけれど。「あそこで出ていくなんて信じられない」って(笑)。

    ―― えっ、そうなんですか。

    僕はむしろ、出ていくべきだと思っています。あのまま豊がそこにい続けたとして、何かが変わるわけじゃないんですから。

    ―― それも、立場や見方によって、求めるものが違うということかもしれませんね。

     

    菅野美穂の弾むような明るさが、原作の筆致を映画にもたらした

    ―― 3人の母親を演じた菅野美穂さん、高畑充希さん、尾野真千子さんそれぞれについて、撮影の現場で印象的だったことはありますか。

    撮影全体は3週間のスケジュールで、1人あたり5日から1週間、高畑さんのパートから始めて、菅野さん、尾野さんの順に撮りました。

    菅野さんは非常に明るくて、子どもを追いかけたりするシーンでも、身のこなしが弾むようにリズミカルなんですよね。冒頭で「原作小説は、ミステリー的な展開と、それに相反するような筆致のやわらかさが絶妙だった」と話しましたが、菅野さんの明るさや弾んだ感じが、椰月さんの筆致が醸し出していたやわらかさ・明るさを映画にもたらしてくれたと思っています。

    張り詰めていた気持ちが一線を越えたときの、狂気に近い感情の出し方も素晴らしかったですし、子どもたちに向き合うシーンでの演技は、実際に子育てをなさっているからこその説得力、リアルさがありました。

    高畑さんはご自身も大阪出身で、関西弁もナチュラルだし、彼女のたくましさが加奈の役柄にそのまま出ていました。印象的だったのは、終盤、喫茶店で、息子の同級生の母親(山田真歩)に言い返す映画オリジナルのシーン。僕は当初、小津安二郎の『東京物語』のワンシーンをイメージしていたんですが、高畑さんは、それを加奈として実感をもってとらえようとしたときに違和感があったそうなんです。それで撮影直前にセリフを変更することにして、高畑さん自身に、加奈らしい言葉に変えてもらったんです。

    「どうなるかわからないけれど、やってみます」とおっしゃっていたんですが、カットがかかって、どうでしたかと聞いてみたら「清々しい気持ちになりました」って(笑)。ギリギリのところで踏ん張ってきた加奈の感情が解放される、印象的なシーンになりましたし、高畑さんの魅力がとてもよく出ていたと思います。

    尾野さんは、いろいろ考えて準備してくるんだろうけど、現場に入ると「無」になってくれる。その場で起きることをキャッチして、自分の芝居との化学反応で場面を作り上げていくタイプの役者さんだなと、今回の撮影で強く感じました。

    それもあって、本作で一番曖昧な表情をしているのは尾野さんです。母親になったいまも自分探しを続けているような、あすみのキャラクターに非常に合っていました。

    ―― 思いもよらない事実を突きつけられ、自分自身を見失っていくなかで、あすみは親子関係以外の問題も抱えます。先ほど「最後の30分が家族としての始まりの30分である」と話してくださいましたが、あすみがどんなラストを迎えるかは悩みましたか。

    あすみに関しては、彼女が必死な姿を見せることで、あらゆることを振り払うような強さとして、観る方に訴えかけてくれたらいいなと思いました。身体性な表現で、これも映画ならではのものです。

    ―― 最後に、『明日の食卓』は、劇場公開から2週間後の6月11日(金)よりオンデマンド配信がスタートします。異例の早さかと思うのですが、その理由を教えてください。
    ※WOWOWオンデマンド、auスマートパスプレミアム、TELASAにて配信

    かなり早いですよね。正直な気持ちとしては、そういうことはまだまだしたくないんですが、このコロナ禍下で万全を期して撮影を行ない(2020年8月~9月に撮影)、公開まで進行するのは本当に大変なことでした。劇場の興行にも制限が課されているなか、制作費回収のことを考えると、今回に関してはやむなしと思っています。この状況下に、これだけの体制で作品を作れたわけですから。

    それでも、当然ながら、映画館で観ていただくことを前提に作った作品です。「劇場で観ていただきたい」という気持ちは一番にあります。楽しんでいただけたらと思います。

     

    映画『明日の食卓』作品情報

    菅野美穂 高畑充希 尾野真千子
    柴崎楓雅 外川燎 阿久津慶人 / 和田聰宏 大東駿介 山口紗弥加 山田真歩 水崎綾女 藤原季節
    真行寺君枝 / 大島優子 / 渡辺真起子 菅田俊 烏丸せつこ

    監督:瀬々敬久
    原作:椰月美智子『明日の食卓』(角川文庫刊)
    脚本:小川智子

    主題歌:「Motherland」tokyo blue weeps

    製作幹事:WOWOW
    制作プロダクション:トラヴィス
    配給:KADOKAWA/WOWOW

    5月28日(金)角川シネマ有楽町ほか全国公開

    https://movies.kadokawa.co.jp/ashitanoshokutaku/

    ©2021「明日の食卓」製作委員会




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