• fluct

  • メトロポリタン美術館が「サンダル履きの男」のもとへ直行する世界 映画「ブックセラーズ」を古書店主2人が語り尽くす

    2021年04月23日
    楽しむ
    日販 ほんのひきだし編集部 長江
    Pocket

    映画「ブックセラーズ」の公開を記念したオンライントークイベントが、4月20日(火)に行なわれました。映画にも写真で登場する「かげろう文庫」店主・佐藤龍さん、そして「Flying Books」店主・山路和広さんの2人が、映画本編や自身の仕事などについて語り合いました。

    ▼(左から)「かげろう文庫」佐藤龍さん、「Flying Books」山路和広さん

     

    映画「ブックセラーズ」とは

    「ブックセラーズ」は、希少本がずらりと並ぶブックフェアの熱気や、業界で名を知られたブックディーラー、書店主、コレクター、作家たちの本への溢れる偏愛を映し出すドキュメンタリー映画です。ビル・ゲイツによって史上最高額の2,800万ドル(約28億4,000万円)で落札されたダ・ヴィンチのレスター手稿や、『不思議の国のアリス』のオリジナル原稿、『若草物語』のオルコットが偽名で書いたパルプ小説など、本好きならきっと釘付けになってしまうレアな本が多数紹介されます。

    大金が飛び交う世界に身を置きながら、本が好きで好きでしょうがないという気持ちが溢れ出てしまうユニークなブックセラーたちのキャラクターには、親近感と敬意を抱いてしまうことでしょう。

    映画について山路さんは、「数十年古本屋さんをやっていますけど、新たに知ることがたくさんあり、すごく面白いし勉強になる映画でした」と、佐藤さんは、「本を好きな人なら楽しめる映画です」と感想を語りました。

     

    「人生と財産を本に全振りした人たちが集まる」 2人のニューヨークブックフェア体験記

    映画の冒頭で登場するのが、世界最大規模を誇るニューヨークブックフェアです。佐藤さんも山路さんも足を運んだことがあるというこのブックフェアには、世界で一番高い本が集まります。100万円どころか1,000万円の本も当たり前のように並び、世界トップクラスのディーラー、図書館員、学芸員、そしてセレブが集まってきます。

    会場にやってくる有名コレクターを、佐藤さんは「全人生、全財産を本に全振りした人たち」と親しみを込めて表現していました。

    ニューヨークに限らずアメリカのブックフェアでは、高い本が売れるたびにシャンパンで景気づけするのが恒例だそう。佐藤さんは「ニューヨークほどシャンパンが開くブックフェアはないと思う」と言います。

    山路さんは、「大きい取引がどこかで生まれると、ディーラーさんたちのテンションも上がっていく。その熱気に乗せられて買ってしまうところもなきにしもあらずです。あの独特の、本を媒介にした祝祭的で華やかな雰囲気が、僕はすごく好きです」と、ニューヨークブックフェアの特別さを語りました。山路さん自身がニューヨークブックフェアで買った“一番高い本”は、百数十万円だそう。「あの会場の中では安いほうですけど、僕にとっては清水の舞台から飛び降りるくらいの買付でした」。

    一方の佐藤さんは、「最初は日本の業者仲間と共同でブースを出しました。出店に軽く100万円ぐらいかかるので、とても一人では出せないんですよね。それで、いざ何か本を買おうと思って会場を回ったんですけど、一回目は何も買えませんでした」と懐かしそうに語りました。ほしいと思う本は、やはり高かったそうです。

     

    ブックセラーたちは本を”売り”に来ているのではない!?

    ニューヨークブックフェアに出店する人たちは、実のところ本を売りに来ているのではありません。世界中から選りすぐりの本が集まる場だからこそ、売ることよりも良い本を仕入れることのほうが大事なのだそうです。

    したがって出店者たちは、ブックフェアが開場してからではなく、「開場前のセッティング」のときに一番熱くなるのだそう。佐藤さんは、「開場してしまえば普通のお客さんが買ってしまうから、その前にツバをつけておくんです。だからフェアが始まる数時間前は、本を調べたり値段交渉をしたりと熱いやり取りが繰り広げられています」とその様子を語ります。

    ブックフェアは通常、初日の入場料が高く設定されています。いち早く会場入りしたいコレクター向けの値段設定なのですが、その前に、出店している書店主同士の熱い闘いが繰り広げられているのですね。

     

    「デイヴっていうおっさん」への信頼感

    映画で最初に焦点が当てられるのが、「デイヴっていうおっさん」と佐藤さんが親しみを込めて呼ぶニューヨークのブックセラーです。本に囲まれた店内で、マンモスの標本つきの本を嬉々として紹介する彼を、佐藤さんは「かなり変人」と評します。半径30km以内であれば大雪でも自転車で移動し、ブックフェアが開催されるとあれば、東海岸のニューヨークから西海岸のカリフォルニアまで3日かけて寝ずに車で向かう。その姿に、佐藤さんは驚かされたそうです。

    しかしそんな変人・デイヴは、ブックセラーとして高く評価されており、特に美術館から絶大な信頼を集めているといいます。ブックフェアでは、メトロポリタン美術館のキュレーターが、大御所の書店を素通りしてデイヴのブースに直行するほどです。佐藤さんは、「やっぱりそこにアメリカらしさを感じます。要するに、いかに良いものを誠実な値段で売るのかだけを見る、ということです」と語っています。

     

    「本の前では誰もが平等」という特殊さ

    山路さんが「ワイシャツとネクタイにベースボールキャップなんて格好の人も結構いる」というように、デイヴに限らず、アメリカのブックセラーはどんな相手と取引する場合でも服装に頓着しない人が多いそうです。佐藤さんも「たとえば、1冊1,000万円の本を売ろうと美術館を回るのに、サンダルで行くんです。ギャラリーやアンティーク関係のような、高額なものを取引する人はまず100%スーツですけど、古本屋だと特にアメリカは自由ですね」と、古書業界の特殊さを語ります。

    山路さんも、「大切なのは本そのものであって、人種だとか資産だとか関係なく、良い本の前では平等なんだという雰囲気がすごく素敵だと思いました。多種多様な登場人物が、すべて本で繋がっていて、その前では誰もが平等だと感じられたところが、この映画の面白かったポイントの一つです」と、本を扱う者たちの姿勢について触れていました。

    佐藤さんは「たとえばお客さんから、大切な本や貴重な本を探す依頼をもらっても、一人じゃ絶対に探せないんですよ」と、本来は競争相手であるはずの同業者との関係性の重要さを語ります。佐藤さんも山路さんも、「国籍や年齢を問わずすぐに仲良くなれる」「マニアの世界だから同志のような親密な関係にすぐになる」ことを、ブックセラーになって良かった理由の一つとして挙げていました。

     

    次世代のブックセラーに求められること

    トークの中では、今後本を取り巻く業界がどうあるべきかについても語られました。山路さんは、「アメリカでのここ10年の目立った変化は、元気の良い独立系の書店については、すべて女性経営者が跡を継いでいるということです」と、アメリカでの最近の傾向を語ります。映画には、佐藤さんが「古本アイドル」と呼ぶ若手女性ブックセラーも登場します。2人とも、女性や若手の活躍に期待を寄せていました。

    佐藤さんは、「古本屋さんって、今は誰でもなれるんですよ。かなり敷居が低い世界です。ネット販売の普及で、初期投資も安く済むので、あとはセンス次第です」と言いながらも、「まさに今、次の世代のブックセラーたちがやっているように、ただ値段が高いとか、ただ希少性があるとかではなく、『何を集めるのか』『何を紹介するのか』というキュレーションがキーポイントになると思っています」とアドバイスします。

    また佐藤さんは、「ブックセラーとしての仕事を続けるうえでは、もはや実店舗って必要ないんです。高い本や選ばれた本は、美術館や図書館、コレクターに売ることがほとんどなので、店頭ではあんまり売れません」と告白しています。しかしそれでも、「値段が高いとか安いとかではなく、本の匂いや手触りを知ることはやはり大事なことだと思うので、古本屋さんになりたいというのであれば、何らかの形で直接販売に挑戦してほしい」と希望を語りました。

     

    二極分化が進む世界で、紙の本をどう残すのか?

    山路さんも、「ネットで調べても、すでに知っている本にしか出会えません。足を運ぶからこそ未知の出会いができるし、それがこの仕事の醍醐味です」とその魅力を語ります。さらに「本の世界は無限だと思うんです。だから本を扱う人たちには、これは興味がある/興味がない、私の専門分野である/専門じゃないと壁を作ってしまうのではなく、広い視野でさまざまなものに触れてほしいと思います。そうすることで、全体の中でのポジショニングを理解したうえで自分の専門分野をより強みにできると思うので」とアドバイスします。

    コロナ禍における断捨離ブームや、事務所を解散しての在宅勤務などによって、「売れているかどうかは別として、古書の流れは加速した気がします」と山路さんは言います。さらにそのうえで、「今後は、希少価値を上げていく本と、消費財として役目を終えていく本の二極分化が加速していくでしょうし、そういう世の中で必要とされるのは、何を残すべきかという取捨選択の編集力なのだろうと思います」と、これからのブックセラーが担うべき役割に触れていました。

    何よりも本を愛するからこその情熱がほとばしるトークでした。そして、そんな2人が懐かしさとある種の憧憬を抱きながら眺めるアメリカのブックセラーの世界もまた、熱気に満ち溢れているのです。

    映画「ブックセラーズ」は4月23日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開です。

    ★今回のトークイベントのアーカイブは「ミモザフィルムズ」公式noteにて公開中です

    「ブックセラーズ」(原題:THE BOOKSELLERS)

    監督:D・W・ヤング
    製作総指揮&ナレーション:パーカー・ポージー
    字幕翻訳:齋藤敦子
    配給・宣伝:ムヴィオラ、ミモザフィルムズ

    http://moviola.jp/booksellers/

    アメリカ映画 | 2019年 | 99分

    © Copyright 2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved




    タグ
    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下

  • GoogleAd:007

  • ページの先頭に戻る