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  • 『いのちの停車場』原作者・南杏子さんインタビュー 旅立つ患者と遺される者に寄りそう医師の姿とは

    2021年05月21日
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    構成・写真=すずきたけし(ライター/レビュアー)
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    吉永小百合さんを主演に、在宅医療をテーマにした映画『いのちの停車場』が5月21日(金)に公開されます。

    東京の救命救急センターの第一線から一転、金沢の在宅医療の医師として働くことになった白石咲和子(吉永小百合)を軸に、超高齢化に突入した日本の“いま”を正面から見つめ、在宅医療の現場と死に向かう患者、そして遺される人々のさまざまな想いを描き、すべての人が当事者であることに気付かせてくれる物語となっています。

    脇を固める出演陣には松坂桃李さん、広瀬すずさん、西田敏行さんと実力派が揃い、『八日目の蟬』で日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した成島出さんが監督をつとめます。原作は、在宅医療をテーマにした『サイレント・ブレス』でデビューした南杏子さんの同名小説『いのちの停車場』。在宅医療を望んだ実父に応えられなかったという後悔の念を十数年経ったいまも心の隅に抱え、数年前には自身もがんを患い、闘病生活を経験した成島監督。成島監督は以前から南さんの小説を読んでいたということで、この作品には運命を感じていたといいます。

    そこで、現役の医師でもある南杏子さんに、原作と映画のエピソードからみた在宅医療、患者と家族、そして尊厳死について詳しく聞きました。

    南杏子(みなみ きょうこ)
    日本女子大学卒。出版社勤務を経て東海大学医学部に学士編入。卒業後、慶応大学病院老年内科などで勤務ののち、スイスへ転居。スイス医療福祉互助会顧問医などを務める。帰国後、都内の高齢者医療専門病院に内科医として勤務しつつ、2016年に終末期医療や在宅医療を描いた『サイレント・ブレス』にてデビュー。以降、医療をテーマにした作品を発表し、話題を集める。

    いのちの停車場
    著者:南杏子
    発売日:2021年04月
    発行所:幻冬舎
    価格:781円(税込)
    ISBNコード:9784344430815

    ―― タイトルに『いのちの停車場』と付けられた理由をお聞かせください。

    この世から旅立つ前、待合室にたたずむというイメージを「停車場」に込めました。もうすぐ旅立つことになるんだけれども、どういうところで待ちたいですか?という問いかけです。どんな環境で、誰と時を過ごすのか、そんな思いで『いのちの停車場』というタイトルをつけました。

    ―― デビュー作『サイレント・ブレス』でも在宅医療と終末医療について書かれていましたが、今回の『いのちの停車場』で再び同じテーマに取り組んだのは、どのような理由からだったのでしょうか。

    終末期医療については、いつも心のどこかで考えています。患者さんごとに、答えは一つではない。私にとっては永遠のテーマです。在宅医療を舞台にしたのは、患者さんのご自宅を訪問する在宅医療の場が、家の中の雰囲気や、患者さんと周辺との関わりといった、「その人の生活」がダイレクトに伝わってくるからです。物語の広がりを考えると、舞台に選びたくなる魅力があります。

    ―― 患者にとって、在宅医療の良さというのはどのようなところにあるとお考えですか。

    海外のレポートによると、”寿命を決める要因”というのがいくつかありまして、「タバコを吸うと寿命が短くなります」とか「運動不足や太りすぎはよくないですよ」といったよく知られているものを押さえて、「人とのつながり」が1位なのだそうです。人は孤立すればするほど寿命が短くなるということですね。

    在宅医療で家族と一緒にいても、放っておかれたら、やはり孤立していることに変わりはないんです。患者さんは、微笑みかけられるとか、話しかけられることで「大事にされている」と感じて、「ああ、私は生きていていいんだ」と前向きになるケースもあります。それまで元気がなくて食事もとらなかった患者さんがすごく食べるようになったり、白かった髪の毛が黒くなったりすることもあるんですよ。

    たとえば、看護師に血圧を測ってもらうだけでも、「自分のことを考えてくれる人がいる」という実感につながります。在宅医やスタッフが患者さんの家に入るというのは、実は患者さんにとってすごくいいことなんだと思います。

    ―― それでは患者の家族や身近な人にとって、入院と比べて、在宅医療の課題や難しさはどんなところにあるのでしょうか。

    介護は、生半可な覚悟でできることではありません。患者さんは体が思い通りにならないので、夜中であっても、家族の助けを必要とします。今は老老介護も増えていますから、ケアしている人ひとりでは背負いきれず、今度はその介護者が倒れてしまって、在宅医療そのものが成り立たなくなるケースも実際にあります。このマンパワー不足が、在宅医療で最も難しいところだと感じています。

    2000年に介護保険制度が始まりましたが、この大きな理由のひとつに「介護する家族を休ませる」という側面があります。ショートステイやデイサービスを利用して、1泊でも日中だけでも患者さんに施設で過ごしてもらう。すると、その間家族は介護から離れ、休むことができます。介護者を休ませることは、在宅医療の破綻を防ぎ、少しでも無理なく維持させるために重要なことです。

    ―― 脊髄損傷によって四肢が麻痺してしまったIT企業社長・江ノ原一誠のエピソードは、在宅医療が医師ひとりで行なうものではないことを咲和子に気付かせ、在宅医として自分ができることを見つけた、印象的な内容でした。これは南さんご自身のお考えなのですか。

    現実問題として、決してひとりの医師の力でなにもかもできるわけではありません。在宅医療は、“医療”という言葉がついていますけど、患者さんにとっては、生活の大部分を障害とともに過ごすことだと思います。医療者は、月に2回、30分くらいお宅に伺って、検査したり診察したりしてまた帰っていくだけの存在で、患者さんの生活を支えるという意味では全然足りないんですね。たとえば、お風呂に入るには大きな浴槽を用意しなければなりませんし、入浴にはスタッフの助けが必要になります。

    必要な物やサービス、経済的な支援、さらに全体の仕組みを考えることができて初めて、在宅医療は成り立つと思います。ケアマネージャーをはじめとした周囲のスタッフや、別の医師も含めたチームワークが大事になります。もしも専門医の力が必要と判断されれば、新たなドクターがチームに加わる――。それも自然な流れと考えています。

    ―― 映画では描かれていない部分ですが、原作の「スケッチブックの道標」というエピソードが印象に残っています。妻を看取ることに不安を抱える夫へ、咲和子がスケッチブックで「死についてのレクチャー」をする場面がありますよね。人が死を迎えることが必然であるのにも関わらず、そのことについてなにも知らないということにハッとさせられました。

    人が亡くなるところって、医療スタッフでもなければ、そう何度も見ることはないですよね。だから、自宅で誰かを看取るとき、多くの人は「死ぬところまで私が担当していいの?」という怖さがあると思います。患者さんが苦しんでいるのを見て、「今お医者さんに電話しなきゃ死んじゃうかもしれない」「自分のせいで死なせたらどうしよう」と、不安が不安を呼んでいく。そうした思いがのしかかるため、仮に患者さん自身が在宅医療を希望していても、ご家族がそれを望まない場合があるんです。この“不安”が、大きなブレーキになってしまっているような気がするんですね。

    「スケッチブックの道標」のようなレクチャーをしなさいと医学部で習うわけではないですが、実際に終末期を迎える患者さんのご家族と話をすると、みなさんそのところをすごく不安に思ってらっしゃいます。そんなときに一言、「あまりごはんを食べなくなっても、90歳を超えているから普通のことですよ」と言ってあげるだけで、ご家族はずいぶんと安心されるんです。なので小説では、すこし丁寧に説明したいと思ってページを割きました。

    ―― 映画は、原作からより「在宅死」「尊厳死」に重心をかけた内容になっていると感じました。簡単に答えの出せない難しいテーマですが、南さんはどうご覧になりましたか。

    映画も小説も、問いかける本質については一致していると思いました。

    終末期の患者さんは体の条件もさまざまで、残された時間をどう過ごすという思いも十人十色です。治療が難しくて苦しんでいる患者さんに対して、大きな手術や抗がん剤治療がうまくはたらく場合もあれば、別の人に同じ治療をすると、かえって命を短くしてしまうようなことが実際にあります。しっかり話し合いをしながらでないと、ご家族が「なぜ抗がん剤治療をやってくれないのか、どうしてなのか」となってしまう。

    命を絶ってしまいたいほど苦しんでいる患者さんがいる現実は、私も見聞きします。「できるだけ長く命をつなぎたい」という家族の思いは当然理解しつつ、一方で、命を終わらせたいほど苦しんでいるのに無視していいのだろうか――。私たち医療者は、それぞれに放っておけない気持ちの中で葛藤を続けています。

    映画は、終末医療の難しい問題を正面から取り扱っています。この映画を見て、考えるきっかけにしていただければいいなと思います。

     

    映画『いのちの停車場』作品情報

    【STORY】
    東京の救命救急センターで働いていた医師・白石咲和子(吉永小百合)は、ある事件の責任をとって退職し、実家の金沢に帰郷する。これまでひたむきに仕事に取り組んできた咲和子にとっては人生の分岐点。父(田中泯)と暮らしながら「まほろば診療所」で在宅医師として再出発をする。院長の仙川徹(西田敏行)と訪問看護師の星野麻世(広瀬すず)、東京から咲和子を追いかけてきた野呂聖二(松坂桃李)と共に咲和子は、様々な事情から在宅医療を選び、治療が困難な患者たちと出会い戸惑いながらも、いのちの一瞬の輝きに寄り添っていく。その時、最愛の父が倒れてしまい……。

    吉永小百合
    松坂桃李 広瀬すず
    南野陽子 柳葉敏郎 小池栄子 みなみらんぼう 泉谷しげる
    石田ゆり子 田中泯 西田敏行

    監督:成島出 脚本:平松恵美子
    原作:南杏子「いのちの停車場」(幻冬舎文庫)

    5月21日全国ロードショー

    https://teisha-ba.jp/

    ©2021「いのちの停車場」製作委員会




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